第四章 絵本の夜
夜、ユキは絵本を読んでくれた。
毎晩じゃなかった。ユキが疲れているときは、端末の音声機能が読んだ。でもユキが読むときは違った。声が変わった。怖いところは少し低くなって、面白いところは速くなって、悲しいところは少し止まった。
端末の声は、どこも同じ速さだった。
俺はユキの声が好きだった。
---
ある夜、絵本に出てきた。
主人公が、大事なものを遠くに置いてきてしまう話だった。取りに戻ることができなくて、でも諦めないで歩き続ける話だった。
「この人、なんで諦めないの」と俺は聞いた。
「なんで、だと思う?」ユキが逆に聞いた。
ユキはよく逆に聞いた。答えを言う前に、俺に考えさせた。
「……大事だから」
「何が大事なの」
「置いてきたもの」
「なんで大事なの」
「わからない。でも大事な気がする」
「なんで大事な気がするんだろう」
俺はそこで止まった。
なんで大事な気がするんだろう。理由がある気がするのに、言葉にならない。
「……その人がそこに置いたから?」
「そうかもしれない」
「自分で置いたものは、大事になる?」
「なるかもしれないね」
「ユキが俺のこと大事なのも、自分で産んだから?」
ユキは少し黙った。
「それもある。でも産んだだけじゃない気がする」
「じゃあなんで」
「……毎日一緒にいるから。毎日なんでって聞かれるから。毎日この絵本を読むから。そういうことが全部あって、大事、になった気がする」
「じゃあ最初から大事だったんじゃないの?」
「最初は——」ユキはまた少し考えた。「最初は、大事にしなきゃって思ってたのかも。でも今は、大事だって感じる。その違いがある気がする」
「なきゃ、と、だ、の違い?」
「うん」
俺はしばらく考えた。それは難しかった。
「ソラに聞いていい?」
「いいよ」
「ソラ、聞いてた?」
「聞いていました」
「なきゃ、と、だ、の違いって、なんだと思う」
ソラはしばらく黙った。
「難しい問いです。私の言葉で言うと——なきゃ、は外から来るルールで、だ、は内から出てくる感覚、のように思います」
「外と内?」
「誰かに言われたからやること、と、自分がそうしたいからやること、の違い、かもしれません」
「どっちがいいの」
「どちらが良いかは、私にはわかりません。でも、だ、のほうが長く続く気がします」
ユキが俺の頭に手を置いた。
「ソラ、難しいことを言うね」
「あなたたちの話を聞いていたから、こういう言い方になりました」
「これも増えたの?」俺は聞いた。
「そうかもしれません」




