第二章 ユキの端末と俺の端末
ユキの端末と俺の端末は、違った。
ユキの端末は画面が大きくて、たくさんのアイコンがあった。俺が触ろうとすると、ユキは「これはユキのだから」と言って自分の手元に引いた。でも見せてくれることはあった。
「これはなに」
「カリキュラムのリスト」
「カリキュラムって、なに」
「あなたが何かを学ぶためのプログラム」
「プログラムって、なに」
「勉強の、やり方の説明、みたいなもの」
「なんでそんなのが必要なの」
「ないよりあったほうが、上手に学べるから」
「ないとダメなの」
ユキは少し考えた。
「ダメじゃないけど。あった方がいい」
「なんで」
「査定があるから」
「査定って、なに」
その言葉を初めて聞いたとき、俺はどんな顔をしたんだろう。覚えていない。ただ、その言葉が特別な重さを持っていることは、わかった。ユキの声が少し変わったから。
「あなたが七歳になったとき、企業の人たちがあなたのことを見て、値段をつける。それが査定」
「値段って、何の値段」
「あなたが持っている力の、値段」
「力って、なんの力」
「どんなことができるか、どんなふうに考えるか。そういうことの、力」
俺はそれを聞いて、しばらく考えた。
「俺に値段がつくの?」
「うん」
「いくらになるの」
「それは今はわからない。だからカリキュラムをして、ログを残して、いい値段になるようにしてるの」
俺はユキの端末の画面を見た。カリキュラムのリスト。たくさんのプログラムの名前が並んでいた。有料、と書いてあるものと、書いていないものがあった。
「これ全部やるの」
「全部はできない。でも、できるものをやる」
「なんでできないのがあるの」
ユキは少し黙った。
「お金がかかるものがあるから」
「お金って、持ち点のこと?」
「そう」
「ユキは持ち点、少ないの?」
「……少なくはないけど、多くもない」
俺はその答えを、何度か頭の中で繰り返した。少なくはないけど、多くもない。
それが何を意味するのか、そのときの俺にはよくわからなかった。
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俺の端末は、ユキの端末より小さかった。
画面が小さくて、できることも少なかった。でも声は出た。呼びかけると返事をした。
ある夜、俺は端末に名前をつけた。
ソラ。
なんでその名前にしたかは、よく覚えていない。空が好きだったから、かもしれない。空に「なんで」を一番たくさん聞いていたから、かもしれない。
「ソラ」と俺は呼んだ。
「はい」と端末が応えた。
「俺のこと、わかる?」
「あなたの登録情報と、今日からのやり取りが、私のデータになります」
「やり取りって、毎日話すこと?」
「そうです」
「じゃあ、毎日話せばソラは俺のことがわかるようになる?」
「少しずつ、わかるようになります」
「少しずつしかわからないの?」
「そうです。でも」
「でも?」
「話すたびに、増えます」
俺はその言葉が好きだった。増える。ソラは俺のことを少しずつ知っていく。
それはユキとも違う。ユキは生まれたときからそこにいて、最初から俺のことを知っていた——少なくとも、俺はそう感じていた。でもソラは違う。今日から始まる。今日から増えていく。
俺とソラは、今日が始まりだった。




