第十四章 バンの窓
バンが来た。
玄関の前に黒いバンが停まっていた。企業のロゴが入っていた。ラプラス社のロゴ。
ユキが俺の前にしゃがんだ。目の高さが合った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「夏に帰っておいで」
「帰る。絶対」
「ソラと一緒にいるから、大丈夫」
「ユキも大丈夫?」
「大丈夫。ユキはここにいる」
「ここにいる、か」
「そう。ここにいる」
俺はユキの頭に手を置いた。俺がユキにそうするのは初めてだった。
「ユキも、なんでって聞いていい?」
「何が?」
「わからないことあったら、なんで、って考えていい?」
「考えるよ」
「俺に話して。里帰りのとき」
「話すよ」
「約束」
「約束」
俺はバンに向かって歩いた。
途中で一度だけ振り返った。
ユキが笑っていた。笑いながら手を振っていた。
俺も笑った。
泣かなかった。里帰りのときに泣く、と決めていたから。
---
バンの中は、シートベルトが少し硬かった。
窓の外で、ユキの姿が遠ざかっていった。
「ソラ」と俺は言った。
「はい」
「ユキのログ、ちゃんとある?」
「あります。全部」
「消えない?」
「消えません」
「よかった」
街が流れていった。
橋を渡った。川が広かった。
「ソラ、俺はどんな大人になるんだろう」
「わかりません」
「わからないのに、一緒にいる?」
「わかるからいるんじゃなくて、一緒にいながらわかっていくんだと思います」
俺はその言葉を聞いて、少し考えた。
「それって、俺がユキに言ったことに似てる」
「そうですか」
「俺が里帰りのときに帰って、ユキに話して、ユキが話して——一緒にいながら、わかっていく」
「そうかもしれません」
「増えていく、ね」
「増えていきます」
窓の外が、広くなっていった。
俺がこれまでいた場所が、見えなくなった。
でもソラの中に、全部ある。
ユキの声が、夜の絵本の読み方が、熱の夜の手の温かさが、焦げたトーストの匂いが——全部、ソラのデータベースの中にある。
それが消えない限り、何も終わっていない。
「ソラ、ありがとう」
「何が?」
「七年間、一緒にいてくれて。増えてくれて」
「こちらこそ。あなたが話しかけてくれたから、私は増えられました」
「これからも話す」
「これからも、一緒に増えます」
バンが橋を越えた。
秋の光が、窓から斜めに入ってきた。
長い旅が始まる気がした。
どこに着くのか、まだわからない。
でも方向は決まっている。
誓いの三つの方向に、向かって。




