第十三章 査定の朝
査定の日の朝、トーストが焦げなかった。
ユキがいつもより丁寧に焼いたからだ。
「焦げてない」と俺は言った。
「今日だけ」とユキは言った。
二人で食べた。いつもより静かだった。でも変な静かさじゃなかった。
「ユキ、ソラにログ全部入れていい?」
ユキは箸を止めた。
「ソラに?」
「七年分のログ。全部。ユキが俺のために作ったログ」
「……なんで」
「忘れたくないから」
ユキはしばらく俺を見ていた。
「あなたが忘れないために?」
「うん」
「私が入れてもいいの?」
「入れてほしい」
ユキは端末を操作した。俺の端末と接続して、データを転送した。
ソラが言った。「受け取りました。七年分、全部」
「消えない?」と俺は聞いた。
「消えません」
「ユキのことは?」
「ユキさんのことも、全部ここにあります」
ユキの目が、少し赤くなっていた。
「ユキ、泣きそう」
「泣いてない」
「泣きそうだよ」
「……泣きそうだね」
「俺も泣きそう」
「泣いていい」
「泣いたら、企業の人に変な目で見られそう」
「査定は関係ない。今ここで泣いていい」
俺は少し考えた。
「やめとく。里帰りのときに泣く」
「なんで里帰りに」
「ここで泣いたら、バンで長くなるから」
ユキが笑った。泣きそうなのに笑った。
「あなたは変なところが合理的ね」
「合理的って、なんで?」
「理由がちゃんとある、ってこと」
「なんでもちゃんと理由があるよ」
「そうね。いつからだろう」
「最初から、じゃないの?」
「最初は、ただなんでって言ってたと思うけど」
「それも理由がある。わからないから、なんでって聞く。それが理由」
ユキはもう一度笑った。今度は泣いていなかった。
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査定は、午前中に行われた。
白い部屋に、担当者が三人いた。みんなスーツを着ていた。端末にログが表示されていた。
俺は少し離れた椅子に座って、担当者の声を聞いていた。
「言語・論理野の素体スコアは上位二パーセント」
「AIログの量は標準的ですね。ただ」
「対話の記録が——興味深い」
一人が言った。「なんで、という問いへの取り組みが、年齢にしては深い」
別の一人が言った。「ログの厚さは、そのスコアから想定されるより薄い。ただし内容は」
もう一人が頷いた。「質、という面では、着目すべきものがある」
俺はその言葉を聞きながら、ソラに小声で言った。
「聞こえてる?」
「聞いています」
「質がある、って言ってた」
「はい」
「量が薄いのは、ユキのせいじゃない」
「そうです」
「でも量が薄いのは、本当のこと」
「本当のことです。ただ、量が全てではない、とも彼らは言っています」
担当者が続けた。「ラプラス社として、このデータをベースに引き取る意向があります」
数字が言われた。
俺にはその数字の意味がよくわからなかった。でも——
「ユキが聞いたとき、どんな顔をするかな」
「良い顔をすると思います」
「俺の値段が決まった」
「はい」
「変な感じだ」
「どんなふうに変ですか」
「わからない。でもなんか——これが全部じゃない気がする」
「どういう意味ですか」
「値段に入ってないものが、ある気がする。七年間の中に」
「……その通りだと思います」
「それって、どうすればいいの」
「今は、わからないかもしれません。でも、あなたはずっとそれを気にし続けると思います」
「なんで」
「誓い3があるから」
俺はその言葉を、少し長く考えた。
情報を駆使してモノを生成すること。
値段に入っていないものを、何か別の形にすること。
それが、いつかできるかもしれない。




