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悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

作者: 雨宮羽那
掲載日:2026/02/28


 石畳に叩きつけられる雨粒の音が、広場に集まった群衆のざわめきをかき消す。

 その中央に据えられた処刑台の上で、私――リーリエ・ブランシュは両手を後ろ手に縛られていた。


 (ねぇ、なんでこんなことになってるわけーー!?)


「これより……エリーゼ・ヴァレンシュタインの処刑を執行する」

 

 (それうちのお嬢様だから! 私はただの侍女!)

 

 私のすぐ側に立つ執行人が声高に叫んだ内容に、恐怖で声が出せないながらも心の中では反抗する。


 私はエリーゼ様に仕える侍女の一人だ。

 生まれは、辺境にあるブランシュ男爵領。

 領民とともに懸命に領地経営をしてきたものの財政が厳しく、末の娘である私は王都に出稼ぎへやってきた。

 そんな私を取り立ててくださったのが、エリーゼ様だ。

 理由は、私が彼女と瓜二つの容姿をしていたから。


 金の髪に、翡翠色の瞳。背格好もほぼ同じ。

 血縁関係もないのに、髪の巻き方や表情のくせまで似ていると言われた。

 足元の水たまりには、エリーゼ様とほとんど同じ顔が映っている。


 王太子殿下の婚約者だったエリーゼ様は、高飛車でわがままなところはあったものの、見た目が似ていたからか可愛がってもらうことも多かった。


 (それがまさか、見た目が似ていることをエリーゼ様に悪用されるなんてねーー!)


 ことの発端は、数日前のことだ。

 この国には、国を守護する聖女様がいらっしゃる。

 聖女様は王太子殿下とやけに仲が良く、エリーゼ様はことあるごとに嫉妬され、苦言を呈していらっしゃった。


 そんな聖女様が、ある日倒れられたのだ。

 

 毒を盛られた疑いがかけられ、エリーゼ様は第一容疑者として当面の間、離れの別荘で謹慎処分が命じられた。

 私は心配して面会に行ったのだけれど、その際、エリーゼ様は私に告げた。


「外の空気が吸いたいの。ほんの少しでいいわ。あなた、私のフリをしてちょうだい」と。


 ほんの少しの間なら、と私はエリーゼ様の言葉を信じて入れ替わりに従った。

 けれど、待てど暮らせどエリーゼ様は帰ってこない。

 気づけばエリーゼ様の処刑が決まり、あれよあれよという間に私は処刑台へ。


 私はきっと、騙されたのだ。

 エリーゼ様は、私を身代わりにして逃げおおせたに違いない。

 私たちは瓜二つだ。よほど親しいものでない限り、私がエリーゼ様ではなくリーリエであると気づいてくれるものはいないだろう。


 (エリーゼ様のばかーー! 私はあなたじゃないわ!)


 そう心の中で叫んだ瞬間、頭の奥で強い光が弾けた。

 途端、(せき)を切ったように遠い過去の記憶が流れ込んでくる。


 満員すし詰め状態の電車。

 夜の12時を回っても、煌々と明かりの灯る職場。

 終わらない山積みの仕事。

 ガラガラの終電。

 そして寝る前に無気力状態でスマホを見る私――。

 過去の私の意識はそこで途絶えている。


 (これは……私の前世だ)

 

 洪水のように押し寄せる記憶に、今の私が二度目の人生なのだと自覚する。

 前世は、日本で働くしがない会社員だった。

 終電乗り過ごしは当たり前、出勤は始発当然の、消し炭のように真っ黒な会社事情。

 そんな私の唯一の楽しみは、寝る前に読むウェブ小説だった。


 (そうだ……! これ読みかけだった小説の世界そっくりじゃん! でも読みかけだからこの先どうなるか知らないんだけど!?)


 ウェブ小説、『悪役令嬢エリーゼ・ヴァレンシュタインの機転』。

 聖女毒殺の濡れ衣をかけられたエリーゼが断頭台に立った、ところまでは読んだ覚えがあるのだが……。いかんせん、私の記憶はそこで途切れている。

 今この世界でリーリエとして生きている状況から考えるに、前世の私はそこで人生を終わらせたのだろう。


 (いやいやいや、情報が足りなさすぎるわよ……! この先の展開知らないし、エリーゼでもなんでもない私が処刑台に立ってるとかどういうこと!?)


 せめてまだ、悪役令嬢に転生ならばわかりやすかっただろうが、あいにく私はただの侍女だ。


「エリーゼ・ヴァレンシュタイン。……覚悟!」


 (覚悟なんて出来るわけないでしょ!? 前世でもぽっくり死んでるのに、今世は人違いで処刑とか……罰ゲームがすぎる!)


 処刑人の手によって無慈悲にも刃が持ち上がる気配がした。

 私がぎゅっと固く目をつむったその時。


「――その者を引き渡せ」


 低い地鳴りのような声が、広場へ割り込んできた。

 雨音が遠のき、人々のざわめきが強くなる。


 ゆっくりと目を開けると、群衆が左右に割れていくのが見えた。

 その間を、一人の男が歩いてくる。

 

 雨に濡れて黒光りした漆黒の髪と、眼光鋭い眼差し。

 腰には大剣。大柄な体躯は騎士服に包まれ、胸には王国騎士団の紋章が付いている。


 ガウェイン・アスタロテ。

 王太子殿下の護衛騎士ではあるが、彫りの深い顔立ちと凶悪な面構えからは、とても騎士には思えない。騎士というよりはまるで――悪人のよう。


 (なんで、ガウェイン様がここに……)


 護衛として王太子殿下に付き従っていた彼とは、仕事柄面識はある。

 エリーゼ様が王太子殿下と会う時は、大抵私が侍女として控えているからだ。

 ただ、なぜかいつもガウェイン様は私を睨んでいたけども。

 おそらく私は、彼に嫌われているのだろう。


 (相変わらず怖い!)


 ガウェイン様は鋭い眼差しで今日も私を射抜く。

 それこそ、目つきだけで人を殺せそうな勢いだ。


「この者は俺が預かる」


「ひ、ひぃっ……!」


 処刑人は青ざめて後ずさり、ガウェイン様は無言で私を縛る縄を切った。

 自由になった手首を押さえながら、私は呆然とガウェイン様を見上げた。


 (な、何が起きているの?)

 

 罪人として呼ばれたのはエリーゼ様の名前だ。

 私はエリーゼ様だと誤解されたままこの場に立っている。


 (もしかしてこの人、エリーゼ様を助けに来たってこと? でもどうして……?)


 あれこれ考えていると、突然ガウェイン様の腕が私の腰へと回った。


「きゃ……っ」


 信じられないほどに軽々と抱えあげられる。

 

「もう大丈夫だ。誰にも手出しはさせない」


 凶悪な顔つきのまま、満足げに口角を上げるガウェイン様。

 そのにたりとした笑みは、さながら獲物をとらえた狼のようだ……。

 

「ひぇ……」


 (あ、終わった……。これ、助けに来たんじゃないわ。私この後殺されるパターンだ……)


 恐怖で震える私を抱えたまま、ガウェイン様は広場から歩き出した。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 (ええと……。どういう状況……?)


 見覚えのない部屋のベッドの上で一人、私は頭を抱えていた。


 おそらくガウェイン様に運ばれている最中、私は気を失ってしまったのだろう。

 次に気がついたときには、ふかふかのベッドの上に寝かされていた。

 天蓋付きの豪華なベッドだ。

 とても侍女が寝ていいようなものではない。

 部屋の隅では、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて爆ぜている。


 (殺されてはいない……けど。ここどこ……?)


 室内へ視線を這わせていると、扉がノックもなく開いた。


「起きていたのか。すまない」


 低い声とともに入ってきたのはガウェイン様だった。

 持っていたトレーを机に置くと、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

 私に向けられた眼光は相も変わらず鋭い。


 (ひっ、相変わらずすごい迫力……!)


 あまりの恐ろしさに、こちらは顔が引きつるのをごまかせない。


「あ、の、ここは……」


「俺の屋敷だ」


 おっかなびっくり尋ねると、ガウェイン様は答えながらベッド脇へしゃがみ込んだ。

 それから、私の額へと手を伸ばした。

 骨ばった大きな手が、私の額を覆う。


「熱は……ないな。よかった」


 (ちょ、ちょっと待って!? 距離が近くない!?)


 至近距離で強い眼光を向けられて、思わず息を止めてしまった。

 命の危険を感じるタイプのドキドキで心臓に悪い。

 

 そもそも、私たちはお互いの主に付き従う関係で、顔を合わせることはあっても言葉を交わすことはほとんどなかった。

 会えば必ずギンっと睨まれていたので、嫌われていると思っていたのだが……。


 (一応優しく、されてるんだよね? 目付きが悪すぎるけども……)


 びくびくと様子を伺っていると、ゆっくりと額に触れていた手が離れていく。

 ガウェイン様との距離が離れたことに、私はほっと息を吐き出した。


「気分はどうだ」


「えっ、あ……その、だ、大丈夫です」


 咄嗟に答えたものの、声が裏返ってしまった。

 ガウェイン様は気にした様子もなく席を立つと、先ほど机の上においたトレーを持って戻ってきた。

 トレーの上には、ほかほかと湯気の立つスープとパンがのっている。


「食べられるか」


「は、はい」


 (これは素直にありがたい……。結局ここ数日、まともにご飯食べてないのよね)


 別荘で謹慎処分扱いだった時はまだ良かったのだが、その後獄中へ移動させられたりで、ろくな食事をもらえなかったのだ。

 私はスプーンを受け取ろうと手を伸ばす。けれど、それよりも先にガウェイン様がスプーンを手に取った。

 スープをひとすくいし、私の方へずいっと差し出してくる。

 

 (ええと……もしかしてあーんってこと?)


 さすがにそこまでしてもらわなくても大丈夫だ。

 

「あの、自分で食べられ――」


 断ろうとしたのだが……、ガウェイン様に目だけで威圧された。

 こちらは反射的に動きを止めて固まってしまう。


「――はい、いただきます」


 (……私は命が惜しいわ。大人しく従おう)


 抵抗を諦めて口を開けると、ガウェイン様がスプーンを差し入れてくれた。

 温かいスープが喉を下りて、冷えていた胃がじんわりと温まっていく。

 

 (……美味しい)


 私が食べたことを確認すると、ガウェイン様は小さく息を吐いていた。

 まるで、安堵しているかのよう。


「……怖かっただろう。気づくのが遅くなってすまない」


「……っ」


 (怖かった……。ガウェイン様も怖いんだけど、そんなことよりも人違いで殺されるかもしれないことが怖かった……!)


 ガウェイン様の言葉に、ようやく私は自分が助かったことを実感した。

 遅れて恐怖がやってきて、目尻に涙がにじんでしまう。

 優しい味が余計に涙腺を刺激する。

 私は泣くのを堪えながら、ガウェイン様が差し出してくるスープを口へ運んだ。


「口に合っているか?」


「……はい。美味しいです」


「それなら良かった」


 (この人もしかして、私をエリーゼ様だと思っているのかな?)


 私がガウェイン様にここまで優しくされる理由が思い当たらない。

 そもそも、処刑台に立つはずだったのはエリーゼ様だ。

 処刑人が呼んだ名も、罪状も、全部エリーゼ様のもの。

 あの場にいた誰もが、私をエリーゼ様だと思っていたはずだ。


 きっとガウェイン様も、私をエリーゼ様だと思っているのだろう。


 スープを飲み終えると、ガウェイン様は机の上に置かれていた小さな花束を手に取った。

 私の方へずいっと差し出す。


「これも、摘んできた」


「えっ」


 緑のリボンがかけられた、可愛らしいブーケだ。

 束ねられた白い小花に、私は見覚えがあった。


 (これ、前にエリーゼ様に根絶やしにしてこいって命じられた花だ……)


 半年ほど前、王太子殿下が聖女様へこの白い花を贈ったとかでエリーゼ様が激怒した。

 周辺に咲いているこの花を根絶やしにしてこいと命じられたのだが、燃やすのは心が痛み、仕方なく適当に花を摘んだ。

 その時、ガウェイン様に遭遇した覚えがある。


「前に、森で摘んでいただろう。嫌いだったか?」


「い、いえ!」


 (あれは命じられたから摘んでいただけで、別に好きでも嫌いでもなくて……。ていうか、なんで覚えているの!? 私が摘んでたから、主であるエリーゼ様が好きだろうってこと!?)


「……似合う」


 困惑する私をよそに、ガウェイン様はにたりと笑った。

 どう好意的に見ても、怪しい取引の成立した悪役が微笑んでいるようにしか見えない。


 (似合う!? 花が!? いや、申し訳ないけどそれより怖いよ!? 悪人にしか見えないよ!?)


 混乱を極めていると、ガウェイン様は机の上に飾られていたうさぎのぬいぐるみを掴み、私の方へ突き出してきた。


「……これも」


「ええと……?」


 ふわふわの白い毛並みに、つぶらな黒い瞳。

 長い耳が垂れていて可愛らしいうさぎのぬいぐるみだ。

 屈強なガウェイン様が手に持っていることが若干アンバランスではある。


 (なんで、うさぎのぬいぐるみ……? いや、可愛いけども……)


「名前は……『リーリエ』はどうだろうか」


(なんで私の名前!?)


「気に入らないなら捨てる」


「ま、待ってください!」


 むんずとうさぎの耳を掴まれそうになり、私は慌ててぬいぐるみを抱きしめた。


「き、気に入りました! 可愛いです!!」


「そうか……」


 ガウェイン様はふいと顔を背ける。

 しかし、その頬はぽっと赤く染まっていた。


「可愛い。似合っている」


 いいガタイをした、強面で目つきの鋭い成人男性が、まるで恋する乙女のような反応をしている。

 申し訳ないが、可愛いを通り越して不気味だ。


 (でも……ガウェイン様、もしかしてエリーゼ様のことが好きなのかな)


 だから、私をあの場から助けてくれたのだろうか。

 侍女とは思えないほどの高待遇も、彼が私をエリーゼ様と思い込んだ上で、エリーゼ様に好意を抱いているからならば納得がいく。

 

 (エリーゼ様は王太子殿下の婚約者だったし、聖女様とも色々あったから、ガウェイン様はきっと複雑な想いを抱いていたんだわ)


 もしかしたらこれを好機だととらえて、ガウェイン様はエリーゼ様を助けようとしたのかもしれない。

 ……実際に助けられたのが、エリーゼ様ではなく侍女の私なのが申し訳なくなってきた。


 (どうしよう。私はエリーゼ様ではなくてリーリエだって、さっさと伝えた方がいいよね?)


「あの――」


「なんだ」

 

 私が口を開くと、ガウェイン様はぎろっとこちらへ視線を向けた。

 鋭い眼光に、こちらはきゅっと心臓が止まりそうだ。


 (こっわ。これ、「私はリーリエです」なんて言ったら殺されるのでは?)


「……なんでもありません」


 小心者の私はそれ以上言葉に出来ずに、すごすごと引き下がってしまった。


 (ああ、私の意気地無し……)

 

「……疲れたか」


「す、少しだけ」


 肩を落とした私を見て、ガウェイン様は疲れたととらえたらしい。


「そうか。では少し休め」


 ガウェイン様は立ち上がると、扉の方へと歩いていく。

 だが、部屋を出る直前ふと足を止めた。

 

「落ち着いたらでいい。お前に、話したいことがある」


「は、話したいこと?」


「夜に中庭へ来い。逃げたりは……しないだろう?」

 

 ガウェイン様が顔だけこちらへ振り向ける。

 そこには極悪な笑みが浮かんでいた。

 口元がゆっくりと弧を描く様が怖すぎる。

 

 (ひぃ)


「もちろんです……」


 私の返事を聞くと、ガウェイン様は満足そうに部屋を出ていった。

 パタンと扉が閉められる。


 (……なんか、疲れた)


 私はうさぎを抱きしめたままベッドへ転がった。


 (なんで私、ガウェイン様の屋敷でぬいぐるみ抱いて寝転がってるの?)


 人違いで処刑台へ立たされて、前世を思い出して、ガウェイン様にさらわれて……?

 なかなかに状況がややこしすぎて頭が追いつかない。


 (それでも……少なくとも今は処刑台じゃない。今すぐに殺されるわけじゃない。なら、とりあえずはいいか……)


 そう自分に言い聞かせるようにして、私はそっと目を閉じた。


 

 ◇◇◇◇◇◇



 私は相当疲れていたらしい。それも当然といえば当然なのだけれど。

 小一時間ほどうたた寝をした後、私はガウェイン様に言われた通り、中庭へ向かっていた。

 

 屋敷の使用人に道を聞きながら廊下を歩く。

 壁にかけられたランプの明かりがゆらゆらと揺れ、薄暗い床へ影を落としていた。

 

 窓の外を見上げれば、昼間の雨はすっかりやんで、夜空には星が瞬いている。明日は晴れそうだ。


 (それにしても広いお屋敷……)


 さすがは王太子殿下の護衛騎士、といったところだろうか。

 

 そんなことを考えながら、中庭へ続くガラス戸をそっと押し開ける。


 中庭の花壇には、ガウェイン様から渡されたものと同じ白い小花が一面に植えられていた。

 甘い花の香りが、胸いっぱいに広がる。

 月光に淡く照らされた花々の中、ガウェイン様が背を向けて立っていた。


 肩幅の大きな身体が月明かりに照らされ、影が長く伸びている。


 (とりあえず来たはいいけど……ガウェイン様って、私じゃなくてエリーゼ様に用があるのよね?)


 彼は私をエリーゼ様だと誤解しているはずだ。

 こんな美しい夜の中庭で、ガウェイン様はどんな話があるというのだろう。


 私が土を踏む音気づいたのか、ガウェイン様が振り返った。


「来たか」


「は、はい。お待たせしてすみません。あの、それで、お話とは……」


 ガウェイン様は、どこか緊張した面持ちで私を見つめていた。

 表情が強ばっていて、どことなくぎこちない。


 (もしかして、エリーゼ様への想いをうちあけられたりする? 何その地獄……)


 誰が好き好んで、他人への甘い想いを打ち明けられなければならないのだ。

 それも、浮ついた話とは無縁そうな、屈強な強面悪人づ――もとい、騎士ガウェイン様からである。


 (激甘な内容を語られたらどうしよう……。どう反応したら生き延びられますか……)

 

 私がエリーゼ様ではないとばれたらと思うと恐ろしすぎる。口封じとして処されるかもしれない。


 勝手に想像を広げて一人でぶるりと震える。

 そんな私の心など知るわけもないガウェイン様は、何故か足元に跪いた。

 

「俺と結婚してほしい」


 手元に持っていたらしい小箱の中身を見せるように、私の方へ向けて開ける。

 中には銀の指輪が収められていた。

 

「……え?」


 (プロポーズ……?)


 さすがにプロポーズされるとは予想していなかった。

 思わず間の抜けた声が出てしまう。

 

「あなたを失うことなど考えられないと思った。突然のことで驚かせてしまったと思うが、俺は本気だ」


「え、え、ええ?」


 ガウェイン様は真面目な表情でこちらを見あげている。

 これはさすがに、私がエリーゼ様ではなくリーリエであると告げる必要があるだろう。

 最悪殺されたとしても、だ。

 ここで告げない方がよけいややこしい事になる。


「ちょ、ちょっと待ってください! それは、エリーゼ様にプロポーズってことですよね!? 私、リーリエです! エリーゼ様の侍女の!」


「何を言っている。あなたがリーリエなのはわかっている」


 懸命に私が訴えると、ガウェイン様は怪訝そうに眉をひそめた。


「……ええ?」


 ガウェイン様は、私がリーリエだとわかっている?

 それでいてプロポーズしてきている?

 

 もう、完全に私の脳が処理できる許容量を越えていた。

 困惑の渦中にいる私。

 対してガウェイン様も不思議そうに首を捻っている。


「なぜそこでエリーゼ様の名前が出てくる?」


「……ええと、つまり?」


「俺は、あなたが処刑台に立っていることに気づいたから助けに行っただけだ」


「最初から私だって、気づいていたんですか!?」


「当たり前だろう」


 ガウェイン様の一言に、信じられないほど自分の顔が熱くなる。

 誰も私がエリーゼ様ではないと気づいてくれなかったのに、この人は気づいてくれていたのか。

 

 (どうしよう。嬉しいかもしれない……)

 

「そもそも……なぜあなたがあの場に立っていた」


「えっ!」


「あなたが処刑台に立つ理由などないはずだ」


「ええ、と……」


 言葉を探して視線をさまよわせるが、ガウェイン様からじっと見据えられて誤魔化せないと悟った。


 私は観念して息を吐くと、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。


「あの……実は、エリーゼ様に『少しだけ代わってほしい』と言われて……。ほんの少しの間だけだと思っていたんです。でも、気づいたら処刑が決まっていて……逃げられなくなっていて……」


「つまり、身代わりにされたということか」


「……はい」


「……あのくそ(アマ)……。リーリエに舐めた真似を……」


 (この人、公爵令嬢に対して「くそ(アマ)」って言った……)


 低く舌打ちする音が響く。

 そろそろと視線を下ろせば、ガウェイン様の身体全体からどす黒いオーラがにじみでていた。

 もうそれだけで人を殺せそうだ。


「で、でも、エリーゼ様は多分濡れ衣なんです……! あの人は、聖女様を殺そうとなんてしていないはずです……!」


 エリーゼ様がこの事件に関して濡れ衣なのは、小説内の話ではある。けれども、私は騙された今でもエリーゼ様を信じたかった。

 エリーゼ様が、貧しい貴族の私を取り立ててくださったことや、目をかけてくれたことは事実だから。


「……調べさせよう」


 ガウェイン様はふうとため息を吐き出した。


「あ、ありがとうございます!」


 言い分をとりあえず受け入れてもらえたようでほっとする。

 だが、それもつかの間の安堵だった。

 気づけば、ガウェイン様が私の片手を取っていた。

 彼はまだ、私の足元に膝をついたままだ。


「ガウェイン様?」


 どうしたのだろう、とガウェイン様を呼ぶと――。


「で、俺の求婚は受け入れてもらえるのか」


 ――終わったと思っていた話を見事に蒸し返された。

 ガウェイン様は真剣な眼差しで私を見あげてくる。


「俺は本気なんだが。お前を妻に迎えたい」


「え、えええ!? ちょ、ちょっと待ってください! あの、私侍女ですし! 地方のちっちゃい男爵家出身ですし! そんな急に……!」


「俺は、あなたを万が一にでも失う恐怖を感じたくない。手元で守りたい」


「と言われましても……!」


 ぐるぐると、私の頭の中で考えが巡る。

 はっきりと答えられるほど、私はガウェイン様のことを知らないのだ。


「ま、まずは……お友達からでお願いします……」


 消え入りそうな声でどうにか言葉を返すと、ガウェイン様は一瞬だけ目を瞬かせ、それから少しだけ口元を緩めた。


「……ああ。それで構わない」


 笑みは相変わらず恐ろしいもの。

 それでも、ガウェイン様が幸せそうなのが伝わってきたから私は何も言えなくなってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 それから半年後――。

 

 リンゴーン、と軽やかに式場の鐘が鳴っている。

 澄み渡る青空の下、純白のドレスを身にまとった私は、白い花のブーケを胸に抱えて遠い目をしていた。

 

(なんでこうなった……)

 

 分からない。

 いや、分かるけれど分かりたくない、といったほうが正しいか。

 

 結論からいうと、なし崩し的に、としか言いようがない。

 激動の半年の間に、気づけばこうなっていた、という感じだ。


 まず、エリーゼ様は無事に見つかり、聖女毒殺未遂の事件は再調査されることになった。

 真犯人はエリーゼ様のワガママに耐えかねていた同僚の侍女で、エリーゼ様は死にたくがないために私に入れ替わりを命じたらしい。

 エリーゼ様は再度別荘で謹慎処分を受けている。今度は脱走できないように、厳しい見張り付きだそうだ。


 ヴァレンシュタイン家からは今回の騒動のお詫びとして謝罪金を渡されたが、私は辞退することにした。

 お金を受け取ってしまえば、またエリーゼ様の影に縛られる気がしたからだ。エリーゼ様を完全に嫌いになったわけではないが、正直もう関わることなく暮らしていきたい。


 そして私はというと、保護という名目でガウェイン様の屋敷で暮らすことになった。

 最初の頃は、怖さが抜けきれずにガウェイン様へ怯えていた。

 なんせガウェイン様は、身体が大きく強面で、黙って立っているだけでも迫力がある。


 けれど、毎日のように白い花を届けてくれたり、ガウェイン様自ら私のために食事を作ってくれたり、私が怖がっているのを察したらそっと距離をとってくれたり、元気がない時は紅茶を入れてくれたり……。


 そんな日々の繰り返しの中で、私は少しずつ、ガウェイン様のそばにいることに慣れてしまった。


 顔や見た目はとびっきり怖いのに、心や仕草がとびっきり優しいガウェイン様に、私は落ちてしまったのだ。


「……まさか本当に結婚することになるなんて」


 思わず呟くと、タキシードを身につけたガウェイン様がこちらへ視線を向けた。


「なんだ。不満なのか」


「……い、いえ! 不満とかではなく!」


 相も変わらず、ガウェイン様の眼光は鋭い。

 それでも、慣れというのは恐ろしいものだ。

 びくりとはするものの、これが彼の通常使用なのだともう理解していた。


 (でも、ガウェイン様はどうして私を選んだんだろう?)


 半年の間、ガウェイン様から優しくされてきた。

 けれど、なぜガウェイン様が私に好意をもってくれていたのか、その理由をまだ聞いていなかった。


「ガウェイン様は……私の、どこが良かったんですか?」


 半年間ずっと、気にはなっていたのだ。

 おそるおそる尋ねると、ガウェイン様は少し言葉を探すような間をとった。

 

「……以前森で、白い花を摘んでいただろう」


「ああ……」


 エリーゼ様に命じられて、半ばやけになりながら花を摘んだあの日を思い出す。

 嫉妬に駆られたエリーゼ様の指示とはいえ、咲き誇る花を摘むのは心が痛んだ。

 それでも、摘んだ花を束ねたり花かんむりにしたりすると、ほんの少しだけ気持ちが紛れたのを覚えている。


「あなたは花畑の中、花を見つめて微笑んでいた。その姿があまりにも可憐で、可愛くて、忘れられなかった」


「……っ!?」


「要は……一目惚れだ」


 ガウェイン様から照れくさそうに告げられて、どきりと心臓が跳ねた。

 頬を赤く染めたガウェイン様はアンバランスで恐ろしかったはずなのに……。

 可愛く見えるようになった私は、きっとおかしい。


「リーリエ。あなたの居場所は、これからずっと俺の隣だ」


「……はい」


 差し出されたガウェイン様の手に自分のものを重ねる。

 

 同時にリンゴーン、リンゴーンと、式場の鐘が再び鳴った。

 それはまるで、私たちを祝福するかのように響いていた。

 

 

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