表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Forgiveness in December  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 駅前のギター

区役所で彩花と蓮を見送った翌日――12月3日の夕方。


皆川潤は、特に行く当てもなく、東京の街を歩いていた。

薄暗くなり始めた空を、どこか物悲しいアコースティックギターの音色が切り裂く。


「……ライブか?」


駅前の広場。

人通りが多いとは言えないが、ビル風が強く吹き抜ける寒い場所だ。

その真ん中で、防寒具も薄いままギターを抱えた若い男が座っていた。


黒い帽子を深くかぶり、指先は真っ赤になっている。

路上ライブというより、必死に何かを吐き出すような演奏だった。


歌い終わると、近くにいた女子高生が小銭を投げ入れる。

しかし彼はお礼も言わず、空っぽの表情で頭を下げただけだった。


――声がした。


「二人目……近くにいますよ。」


潤はゆっくり息を吐く。

昨日の親子でさえ奇跡のようだったのに、また今日も誰かが現れるのか。


ツリーの声は嘘をつかない――それをすでに理解していた。


潤はギターの青年に向かって歩いた。


音が止まった瞬間、青年は咳き込み、肩を震わせた。

疲れ切っているのが一目で分かる。


潤はそっと声をかけた。


「寒い中、大変ですね。」


青年はちらりと横目で潤を見た。

その瞳には警戒と諦めが入り混じっていた。


「……別に。やっても意味ないけど。」


「意味ないとは?」


青年はギターケースを指で弾いた。

中には数枚の硬貨。

10円玉がほとんどだった。


「もうすぐオーディションなんすよ。でも……通る気しない。

 来年はバイト増やして活動やめるかも。

 家族にも“現実見ろ”って言われて……」


やつれた頬。

夜通し練習したような指先。

潤はその姿に、自分の若い頃を少し思い出した。


夢を誰かに否定され、居場所を失う痛み――嫌というほど知っている。


「君、名前は?」


「……瑛斗えいとです。24です。」


駅前の寒風が吹くたびに、瑛斗は肩をすくめた。

コートは薄く、暖かい飲み物もなさそうだ。


「音、良かったですよ。」

潤は素直に言った。


瑛斗は苦笑した。


「……おじさん、耳悪いんじゃないですか。

 俺なんかより上手い奴、山ほどいますよ。」


「上手いかどうかじゃなくて、“伝わるかどうか”だろ。」


瑛斗は一瞬だけ目を見開いた。

その言葉は、彼の疲れ切った心に触れたようだった。


不意に、瑛斗のギター弦がピンと音を立てて切れた。


「……あー……最悪。」


彼の顔から、完全に力が抜けた。


「今日、替えの弦買う金もないんすよ……

 もうやめろってことかもしれないっすね。」


瑛斗はギターを膝に抱きしめるようにして俯いた。


その姿を見た瞬間、潤の中で何かがゆっくり動いた。


自分は、罪を犯した人間だ。

時間も金も未来も少ない。

それでも――どこかで道を違えれば、瑛斗のようになっていたかもしれない。


助けたいという気持ちは、昨日の彩花たちの時と同じように胸に灯った。


潤は、ポケットの中のわずかな所持金を思い出した。

出所時にもらったお金の残り。

大切にしなければいけないはずなのに。


「……替えの弦、買いに行こう。

 近くに楽器屋があるはずだ。」


瑛斗は慌てて首を振った。


「いや……いいんで。おじさんに迷惑かけるのは違うし。」


「迷惑じゃない。

 誰かに必要とされることが、俺には……悪くない。」


言いながら、潤はふと気づいた。

“助けること”が、確かに自分をも支えているのだと。


瑛斗は唇を噛み、俯いたまま小さくつぶやいた。


「……お願いします。」


その声は震えていた。

プライドを押し殺し、救いを求めた声だった。


潤は頷いた。


二人は並んで駅前の広場を離れ、夜の街へと歩き出した。


上空では、クリスマスのイルミネーションが静かに揺れていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ