最終話 Forgiveness in December
――数年後。
12月の東京は、相変わらず忙しなく、それでもどこか優しかった。
街路樹のイルミネーションが灯り、人々は足早に年の終わりへ向かっていく。
皆川潤は、小さなカフェの窓際に座っていた。
古いコートはもう処分し、今は少しだけ身体に馴染んだジャケットを着ている。
「……来年で、三年か。」
呟きは、コーヒーの湯気に溶けた。
⸻
■続いていく日常
潤は、今も贖っている。
派手なことはしない。
名を残すような善行もない。
週に数日、NPOの相談窓口で書類整理を手伝い、
月に一度、元受刑者の自立支援の場に顔を出す。
誰かの人生を「救った」なんて思っていない。
ただ――誰かと一緒に、立ち止まらずにいるだけだ。
「皆川さん。」
声をかけてきたのは、若い女性スタッフだった。
「このあと、例のライブ行きます?」
潤は、少し照れたように笑う。
「ああ。時間に間に合えば。」
夜。
小さなライブハウス。
ステージの上では、瑛斗がギターを抱えていた。
以前よりも落ち着いた声で、けれど確かに前を向いた歌を歌っている。
観客は多くない。
それでも、誰かの心に届いているのが分かる。
潤は、後方の壁際で静かに拍手を送った。
――続いている。
夢も、人生も。
ライブの帰り道、潤は定食屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい。」
女将が微笑む。
「今日は……二人分、お願いできますか。」
少し遅れて、篠原恒一が入ってくる。
「待たせたな。」
「いえ。」
二人は、並んでカウンターに座った。
空いていたはずの席は、もう“空”ではない。
「……あんたに会ってからな。」
篠原は、湯飲みを持ちながら言った。
「一人でいる時間が、少し怖くなくなった。」
潤は、静かに頷いた。
「それなら……よかった。」
店を出た帰り道。
公園の前を通りかかる。
あの日と同じ場所。
あのツリーは、もうない。
季節が巡り、役目を終え、撤去されていた。
それでも潤は、立ち止まった。
「……ありがとう。」
誰に向けた言葉でもない。
それでいて、確かに“届く先”がある気がした。
声は、もう聞こえない。
けれど、必要なくなったのだと分かる。
潤は歩き出す。
過去を背負ったまま、だが過去に縛られずに。
罪は消えない。
罰も終わらない。
それでも――
生きることを選び続ける限り、赦しは続いていく。
12月の東京。
冷たい風の中で、確かに灯りは残っていた。
それは奇跡ではない。
小さな選択の積み重ね。
そして――
誰かのために差し出した手が、
いつの間にか自分自身を支えていることに、
皆川潤は、ようやく気づいていた。
―完―




