05話 冥獄の主
白装束に着替えて外に出ると、黄色い髪をした鬼の少女が、ひっそりと増えていた。
髪はツインテールのように長くまとめられ、両耳は布に覆われて隠れている。
私が姿を現すと、母さんは静かに私のそばへ戻ってきた。
「ああ、出てきたね。主人が言ってた。人間は“紹介”ってやつを大事にするんだって。だからボクも真似してみよう
まず、こいつは姉の――鮮罪。
【人の罪を聞くスキル】を持っていたけど、罪を聞くことに耐えられず、耳を潰した」
青い髪の鬼が、ゆっくりこちらを見た。
目は透き通るように澄んでいるのに、底がない。
声は出ない。ただ、“沈黙の重さ”だけが伝わってきた。
「次は妹の――遊罪。
【人の罪を言うスキル】を持ってたけど、罪を口にするのが嫌になり、喉を潰した」
黄髪の少女が、ノートを握りしめる。
その瞳には、あらゆる音を拒絶する決意があった。
「そして、改めまして。ボクは罪華
【人の罪を視るスキル】を持ってたけど、見るのが嫌になって……潰した」
包帯の下、空洞の瞳が一瞬、覗く。
罪華は小さく笑った。
赤鬼(罪華)は目を、
黄鬼(遊罪)は喉を。
青鬼(鮮罪)は耳を、
まるで、罪を見ず、言わず、聞かず――。
そんな意思を示しているかのようだった。
「さて、自己紹介は終わったし、ついて来なよ」
「……私たちの自己紹介はいいの?」
「必要ない。全て知っているからね」
私がそう聞くと、罪華は何事もないように言う。
≪通って来たトンネルに、通る者の情報を見る術式が組み込まれていて、鬼たちはそれで知り得たのでしょう≫
母さんはつまらなそうに言った。
つまり目の前の鬼には、私たちの過去を知られているという事か。
無色さんは、顔を青くして私の腕に抱き付く。
無色さんは顔を青くして、私の腕に抱き付いた。
人間なら誰でも、生きていれば恥ずかしい過去のひとつやふたつはあるものだ。
それを、知らぬ間に知られていたと言われたら、顔も青くなる。
私は無色さんの腕に触れ、そっと言った。
「――大丈夫だから。民間人である無色さんは、絶対に護り抜く」
「……は、はい」
罪華が先頭に立ち、私と無色さん、後方に鮮罪と遊罪。
その順番で、隠冥村の中に入った。
村の中は、外から見た景色や広さとは違っていた。
幻術と空間術式を組み合わせたのだろうか。
大正時代の遊郭のような煌びやかな建物が並ぶ。
ただし建物は煌びやかでも、人の気配は一切ない。
罪華に導かれ、私たちは村――いや、もう街と呼んでもいいほどの広さ――の奥へ進む。
建物の間を抜けるごとに、空気は重く、湿った匂いが漂った。
赤や金の装飾が施された提灯が、風もないのに揺れている。
「……罪華。ここには誰もいないの?」
「この結界内にいるのはボク達三姉妹と主人だけさ。土御門の奴らが、封印したから誰も来なくなったんだ」
「土御門が? どうして……」
「ボク達は知らない。知りたければ、主に聞くといい」
冥獄の主で、鬼三姉妹の主人。
どんな相手か分からないけど、これほどの異界を維持している以上、かなりの存在だろう。
人気のない大通りを歩いていく。
誰もいない遊郭というのは、どこか不気味だった。
「ここが主人が居られる場所だ」
中央の一際大きな建物――城へ辿り着いた。
遊郭の真ん中に城がある――なんともミスマッチだ。
城のちょうど真上には、赤い空の中に黒い孔が拡がっている。
城の扉が音を立て、ゆっくりと開く。
中から一人の女性が現れた。
見た目は20代くらいで、私より少し若いように感じる。
だが、ここは冥獄。見た目だけで判断はできない。
≪…………――縁?≫
母さんが驚きの表情で、私の知らない名前を口にする。
「初めましてだな! 我が名は対極院夜魔。ここの主をしている者で、お前たちに裁きを下す者だ!!」
威風堂々と覇気を放ちながら、私と同じ苗字を持つ女性は言い放った。
「た、対極院って……。禊さんの知り合い、ですか?」
「私が知る限り、対極院夜魔なんて名は家系にないよ」
家系図で遡れる最古は、母の力を十全に使ったとされる“対極院六道”。
けれど母が呟いた『縁』という名は、見たことがなかった。
≪――縁。対極院縁はね、命を賭けて私をこの世界に召喚した女の名前よ。六道は、その妹≫
(どうして縁は、母さんを召喚したの?)
≪妹の六道を救うためよ。外法師として活動していた縁には、頼れる者がいなかった。神頼みをした結果、私が呼ばれた。そして私は六道に憑依させられ、六道は延命できたの≫
そんな事があったんだ……。
(母さんは、夜魔という名前の対極院に心当たりはある?)
≪ないわ≫
母さんは断言する。
ここの主という事はスキルを使うということ。
スキルは母さんが発明したもので、使用できるとしても六道以降の対極院のものになるのだけど……。
母さんは対極院の中に心当たりはないという。
私の家名を語る偽物って線もあるけど、母さんが縁と一目見て口に出してしまうほど似ている以上、偽物という線は薄い気がする。
――情報が不足している。
対極院夜魔は私の考えを見透かしたように笑いながら言った。
「知らなくて当然だ! この肉体は対極院縁の物で、精神は六道さまの式神なのだからな!!」
≪……は?≫
「……は?」
母さんと同時に声を出してしまった。
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