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警視庁陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官―  作者: 華洛


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03話 冥獄



 赤髪の鬼の少女――名前は、罪華ざいかというらしい。


 包帯でぐるぐるに覆われた目。

 それでも、こっちを正確に見据えている気配がある。

 目が見えないはずなのに、笑い方が妙に挑発的だ。


「あ、あの……目はどうしたんですか?」


 無色さんが、おそるおそる問いかけた。

 先頭を歩いていた罪華は、ゆっくりと立ち止まり、笑みを浮かべる。


「見たいの?」


 そう言って、彼女は包帯を外した。

 ――そこには、眼球がなかった。

 ヒィと無色さんは驚きの声を出す。


「目は、自分で潰したんだ」


 彼女は軽い調子で言った。

 けれど、声の奥にかすかな歪みがある。


「僕にはね、【人の罪が視えるスキル】があるんだ。

ここに来る人間たちの罪過が、まるで血の染みみたいに見える。

でも、あまりにも汚くて、胸糞悪い奴ばかりでさ。

……だから、視るのをやめた」


 罪華は唇を歪めて笑った。

 まるで、自嘲のように。


 【人の罪が視えるスキル】。

 それを「呪い」と呼ばずにいられるだろうか。


 警察官の私は、日常的に罪と向き合っている。

 嘘。暴力。裏切り。

 それらを淡々と処理するのが仕事。

 しかも怪異まで発展する犯罪は、どれも犯罪者の悪意に満ちている。


 でも、それを見せつけられる側だったら……。

 心なんて、すぐに壊れる。


「……自分で、潰したの?」


「うん。最初は怖かったけどね」


 罪華はあっけらかんと答え、再び包帯を巻き直した。


「でも、見えなくなった瞬間、すごく楽になった。

視えない方が、良いって分った。

人の罪なんて、知って得することなんか、ひとつもない」


 その言葉には、狂気、または、嫌悪が言葉の端々から感じられた


「……じゃあ、どうしてここにいるの?」


 私が尋ねると、罪華は肩をすくめる。


「僕はね、門番であり、案内人。

それ以上でも、それ以下でもない。――「主人」からの命令は絶対なんだ」


 その声には、わずかな“諦め”が混ざっていた。

 使命という鎖に縛られているような響き。

 罪華の赤い髪が、風もないのにふわりと揺れた。


 そこからは無言で罪華の案内の元、先へと進んでいく。

 しばらく歩くと、森を抜け、拓けた場所に集落が見えてくる。

 木製の柵でぐるりと囲まれたその場所は、まるで外界を拒絶しているかのようだった。

 柵の高さは二メートルほど。無数の呪符が所狭しと貼り付けられている。


「外の世界だと、アレの事を隠冥村と呼ぶみたいだ。

おーい、客人を連れて来たぞ!!」


 その声に応えるように、柵の奥でギィ……と重い音が響く。

 門がゆっくりと開き、そこからひとりの鬼が姿を現した。


 青い長髪。額からは、鋭く伸びた二本の角。

 赤髪の罪華とは対照的に、氷のような無表情だ。

 首には罪華同様に包帯が巻かれている。


「……」


 黄髪の鬼は何も言わず、左手で右側を指した。

 そこには、古びた木の小屋があった。


「……」


 罪華が小さく笑って、通訳する。


「向こうで、着てるものを脱いで、持ち物を置くようにだってさ。

それで置いてある白い布を着ろって言ってる」


「断ったら、どうなるの?」


「罪人に断る権利はない。

大人しく言うことを聞いた方が、身のためだ」


「……そう。無色さん、行こうか」


「……わ、分かりました……」


 無色さんの顔が青ざめていく。

 私もまた、喉の奥に冷たい塊を飲み込んだ。


「……」


「ん。一体は此処にいろだって。行くのは人間だけだ」


≪……は? 私を娘から引き離すつもり。たかが鬼風情が?≫


 母さんが怒気を含ませて言う。

 大地がわずかに震え、亀裂が走るように感じられた。

 罪華は先ほどの軽い表情を一転させ、真剣な眼差しで母さんを見据える。


(落ち着いてよ。ここで暴れても何も得られない。虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうでしょ。今は大人しくいう事を聞いて)


≪――分かったわよ≫


 母さんを宥めてから小屋へと向かった。

 小屋の中は、ひんやりとした空気が漂っていた。

 壁も床も粗末な木材でできており、隙間から冷たい風が差し込む。

 窓がない小屋で、棚があり籠が置かれている。

 籠の中には白い布が入っているので、これに着替えろということだろう。


「あの、やっぱり、下着も脱がないとダメ……なんですよね」


「そうだね。着ている物を脱ぐって言われた以上、下着も対象だと思う」


「そうです、よね……」


 顔を少し赤らめながら、服を脱いでいく。

 合わせるように私も服を脱い行った。

 布を手に取ると、なぜか人が来ていたような温かさがある。

 妙な感じだけど、この布を着るしか、選択肢はない。


「……やっぱり、変な感じだね」


 無色さんが小声で囁く。

 目線を床に落とし、顔を真っ赤にして布を身につける。


 私は一歩ずつ布に足を通す。

 普段の服と違い、形は単純だが、体にまとわりつく冷たさが肌を刺す。

 心臓の鼓動が耳の奥で跳ねる。


 そのとき、罪華が扉の外で立っている気配を感じた。

 軽く声をかけるでもなく、じっとこちらを見守っているのだ。

 目の見えないはずの彼女の視線が、まるで目に見えるように感じられた。


(……見られている)


 無色さんも同じように、肩をすくめ、息を止める。

 互いの緊張が、小屋の空気を張り詰めさせた。


 布を体に合わせ、ようやく着替えを終える。

 その瞬間、心の奥に小さな安堵が流れた。

 選択の余地はなかったが、それでも――終わった。


「……着替え、終わりました」


 無色さんの声が震えていたが、確かに前よりも落ち着いている。

 私は軽く頷き、布の裾を整えた。

 互いに着替え終えた事を確認して、外へ出る為にドアを開けた。





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