最終話 日々は続く【前編】
──妖人・安倍晴明が復活した騒動から、一ヶ月が経った。
居酒屋「陰陽屋」──。
赤い提灯がゆらりと風に揺れ、入口ののれんはどこか人ならざる気配を滲ませている。
入口を開けると、炭火で焼かれる肉の香ばしい匂いがふわりと鼻を撫でた。
ここは陰陽師が営む店で、接客を担当するのは式神たち。
白い狐面をつけた式神が料理を運び、人間の店主が厨房で包丁を走らせる。
──そんな、日常と非日常の境界にあるような不思議な空間だ。
「いらっしゃいませー。予約の対極院禊さま、無色ましろさま、ですね。奥の個室にどうぞ!」
私とましろは店員の式神に、一番奥にある個室へ案内された。
個室に入り、扉を閉めると、簡易的な結界が施されているためか、店内の騒音が消え去る。
椅子に座ると注文用の用紙にアルコールと食べ物を記入した。
記入したものは天井に向けて飛んでいく。式神の一つだ。
しばらくすると、テーブルの上には湯気を立てる唐揚げと出汁巻き玉子、つやつやと光る枝豆、香ばしい炭の香りが立ち込める焼き鳥が並んだ。
私の前にはハイボール、ましろの前にはノンアルのカクテルが並んでいる。
唐揚げに箸を伸ばすと、衣のサクッとした感触とジュワッとあふれる肉汁が口の中に広がる。
ましろは出汁巻き玉子を箸で軽くつまむと、ふわっと柔らかい卵を口に運び、幸せそうに笑うその様子に、胸の奥の疲れがふっとほどける。
「いや~~~禊さんっ! 本っ当に久しぶりですっ!」
開口一番、ましろが元気いっぱいの声で叫んだ。
その顔を見た瞬間、胸の奥がほどけるように緩んでいく。
「うん。色々バタバタしてて、連絡取れなくてごめんね」
「いえいえ! 私も動画編集とコメント返信で死ぬほど忙しかったので! むしろ今日までよく生き残れたなって思ってます!」
ましろは、つまんだ枝豆をぱくっと食べ、頬をふくらませて幸せそうに笑った。
その笑顔を見るだけで空気が明るくなる。
陰陽課への報告、上層部からの事情聴取、縁の埋葬……。そのほか諸々。
事件が終わっても後始末などするべき作業が容赦なく押し寄せてきて、あっという間に日数が経過した。
今日は一旦落ち着いたこともあって、ましろと一緒に報告を兼ねて女子会をすることにした。
「でででっ! 禊さん、あれからどうなったんですか!? ずっと気になってたんですから!」
ましろは、羽が生えたみたいに前のめりになる。
私は一度深呼吸して、言葉をひとつひとつ慎重に並べた。
「まず……茉莉花のお父さん。土御門黎明刑事局長は、辞任したよ」
表向きは健康不調だけど、実際は茉莉花のやったことに対する責任を取った形だ。
辞める前に、人事一課に掛け合ってくれて、私を警視庁に戻すように手続きしてくれた。
茉莉花が私にしたことに対するせめてもの償いとのことだ。
ただ所属するのは、以前の陰陽課特捜部ではなく、そのまま特命係のままだ。
誤解は解けているとは言え、同僚から好奇な視線に晒されるので、別部署というのは落ち着く。
「特命係のままなんですね」
「うん。所属しているのは私だけ……というのもおかしいかもね。
鮮罪、罪華、遊罪。……夜魔から引き継いだ三鬼が、式神として働いているよ」
「そうなんですか!」
ましろが目を輝かせる。
「母さんが、夜魔の遺言通りに潰された器官を修復してくれた。今は目が見えて、声が出せて、音が聞こえるようになったよ。
三体とも式神として支えてくれてる。
特命係は私一人だから事務処理は速いし、怪異の気配も敏感に察知してくれる。
……ただ、取調室で容疑者に【スキル】を使って自白を促すのは、さすがにやりすぎだから止めてるんだけど」
「止めてるんですか?」
「聞いてくれないの。『久しぶりに使えるようになったから』って張り切っちゃって……」
良いことなのはわかるんだけどね?
ただ、今の時代はオカルトには厳しい。
自白したことが【スキル】だと分かれば裁判で、自白の無効を弁護士が言ってくる可能性は否めない。
私は唐揚げを一つ口に運ぶ。変わらぬ美味しさに、ほっと息をつく。
「あの……明楽さんは?」
ましろが少し遠慮がちに聞く。
「明楽は、輸血が間に合って無事だったよ。
でも……警察は辞めちゃった」
「えっ!?」
十二天将の一柱・天后の権能によって、茉莉花に操られたことをかなり後悔していた。
それによって結果として私を傷つけたことを気にして、ケジメとして慰謝料を払うって言ってきた。
「それで、どうしたんですか?」
「断った。――でも、明楽って頑固なところがあるから譲らなくて……受け取ることにしたよ」
私はハイボールを飲む。
レモンの果実と合わさって、しょっぱくて少しだけ苦く感じる。
「……互いの関係に区切りをつけないと、いつまでも引きずってはいられない」
「区切り、ですか?」
「うん。恋人には戻ることが出来ないけど、友人としてこれから付き合っていくつもり」
今、明楽は山に籠もって修験者としているようだ。
一から鍛え直すと言っていた。
明楽なら強くなって戻ってくるだろう。
空気が重くなったこともあって、ましろが話題を変えてきた。
「あ、あの、そうだ。鴉の仮面をつけた人のことですけど!」
「鵺さん?」
「はい! 禊さんとはどういった関係なんですか?」
「――あの人は私の義母さんだよ」
「そうだったんですか!!」
「うん。……今は減給されて自宅待機中だから、龍脈で負けたこともあって、私がお願いして、鵺さんに鍛え直してもらってるよ」
「え。減給? 自宅待機?」
鵺さんは、怪しい動きをしていた土御門に潜入捜査をしていた。
廃校舎の件の内容が分かり次第、退いて対応する手筈であったものの、直前で鵺さんは私が茉莉花たちから受けた仕打ちを知り激怒。
上からの命令を無視して単独行動をした。
……聞いていたところでは、茉莉花を殺すつもりだったらしい。
だけど返り討ちに遭い、洗脳されて、私に攻撃を仕向けてきた流れだ。
「た、大変ですね?」
「まあね」
少しましろは引いているように感じるのは気のせいだろうか。
鵺さん、私の義母ってことで、母さんに負けないように張り合っているんだよ……。
私もいい大人なんだから、子離れしてくれてもいいんだけどね。
私は焼き鳥を一本取り、ゆっくりと食べる。
炭の香りが口の中に広がり、肉の旨味が染み渡る。
「そ、そうだ! 私も、報告があります!」
「ん?」
「あの配信、すごくバズって……祓ちゃんのファンクラブを設立しました!」
「………………は?」
ましろが少し恥ずかしそうに、でも誇らしげに言った。
でも、おかしい。
日本語で話しているのに、私の脳がましろの言葉の理解を拒む。
「私が会長です! 会員はもう3000人超えてます!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「それと、祓ちゃんにコンタクトを取りたいっていうDMが引っ切りなしに来てて――」
「やめて……」
私は頭を抱えた。
黒歴史が――どんどん広がっている。
アルコール度数高めのお酒をいくつか注文する。
この話題を正気で続けていけるほど、私の精神は図太くはない。
「あ、それと! 広報課から何か言われませんでした?」
「……言われたよ。警視庁のPRキャラとして、祓ちゃんを活動させてくれって」
「やっぱり!」
「速攻で断ったけどね」
「えー!」
ましろが心底残念そうな顔をする。
いや――当たり前だよね。
もう20代後半の年齢なのに、中学生の頃の姿に戻って活動するなんて拷問に等しい。絶対にしない。
日本酒を一気飲みする。
喉が焼けるように熱いけど、今は考える方が先だ。
人の噂も七十五日。
当面出なかったら消えると考えていたけど、ファンクラブまで出来たというのであれば、中々消えそうにない。
それに中々姿を見せないと、実際に姿を見たいと思うのが人の心情。
濃い目のウィスキーのロックを一気に飲む。
……スケープゴートが必要かもしれない。
陰陽少女・祓は、私の手垢がついている者なので、それが活動すると精神ダメージをかなり負う。
なら――二代目陰陽少女を作り出して、それに祓の役割も任すことで、人々の認知を誘導できるんじゃないかな。
問題があるとすれば、誰を二代目魔法少女にするかだ。
ウォッカを飲み干す。
鵺さんのお子さんは――無理かな。
私、なんだか嫌われて避けられているし……。
陰陽少女をしてと頼んだから、義姉として威厳がなくなりそうなので却下。
あと出来そうな知り合いと言えば。
「……茉莉花」
「あ。その、茉莉花さんは――どうなりました?」
私がポロッと零した言葉に、ましろは反応した。
「茉莉花は――。警察を自ら辞めて、土御門家からも絶縁されたよ」
絶縁に関しては、父親である黎明さんは最後まで反対していたようだけど、周囲のこともあって折れざるをえなかった。
――十二天将に意識をネガティブな方へ誘導され、周りの人々の認識操作、妖人・安倍晴明を故意に復活、そして賀茂家(明楽)に対する傷害。
土御門家としては厳しい処分をするしかなかった。
そして元凶ともいえる十二天将は、茉莉花から没収されている。
土御門家を絶縁された以上、茉莉花にとっては仕方ないのかもしれない。
聞いた話では、今後一人の陰陽師につき一枚から二枚を所持する運用にしていくらしい。
「それで、今は――どうなっているんですか?」
「私と一緒に住んでいるよ」
「はぁぁああ!? いやいやいやいや、どうしてそんな流れになっているんですっ」
「……茉莉花ときちんと向き合うって、覚悟を決めたから。距離を置いたままじゃ、また同じ過ちを繰り返す気がして」
さっきまでのシリアスな雰囲気とうって変わり、ましろは大きく口を開いて驚きの声をあげた。
これは私のエゴ。人によって偽善というかもしれないけど、受け入れる覚悟は出来ている。
ただ――困っていることもある。
「今の茉莉花は、ちょっと精神が不安定なんだ」
「……私。元々不安定な彼女しか知りませんけど、何が不安定なんです?」
「お風呂に入る時に、身体を洗おうとすると、入ってきた茉莉花が私を洗おうとするの」
「は?」
「恥ずかしいから断るけど……。そうすると『禊さんにとって私はボディタオル以下の役立たずな存在なんですね』って、目のハイライトを消して言ってくるから、仕方なく洗わせたりしている」
「……ッ」
「ご飯を食べるときも、『食べさせてあげます』って言ってくるから断ろうとすると、『禊さんにとって私はお箸以下の役立たず』って同じような感じで」
「羨ましいいいィィィ!!」
ましろが吠えた。
もしも漫画とかなら血涙を流していそうな勢いがある。
「なんですか! その凄く羨ましい環境はっ」
「……そんなことはないけど? ましろは誰かに洗ってもらったり、食べさせてもらいたい派?」
「違いますよ! 禊さんとそういうことができるのが羨ましいんですっ!」
「……ましろ、酔ってる?」
「酔っていませんっ。禊さん、茶化さずに真剣に考えてください!!」
「えーーーと」
ましろは確かにノンアルコールしか飲んでいない。
度数の高いアルコールは、間違って飲まないように私の近くに置いてあるし……。
場の勢いで酔っている?
いや、ましろの本気の眼差しを見ていたら、酔いが一気に冷めてきた。
この後、なんとか説得しようとしても、ましろは断固として折れず、近い内に三人で住む物件を探すことになった。
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