20話 強敵
茉莉花の青竜偃月刀がうなりを上げる度に、空気が裂けた。
刃が振り下ろされる瞬間、空間そのものが歪むような圧が走る。
斬撃の衝撃波が地面を抉り、破片が弾丸のように飛び散った。
(くっ……速い。重い。さすが十二天将を全部載せた化け物スペック……!)
祓棒で受けても、衝撃が腕の骨を軋ませる。
茉莉花は息すら乱さない。いや――乱さないように保たれている。
彼女自身の限界を、朱雀の回復力で無理矢理押し上げているのがわかる。
(こんな……顔、してたっけ)
真正面から向き合う彼女の瞳は、煌めいていた。
憧れの人を追いかけ続けてきた少女の、夢が叶った時のような憧憬を見る瞳。
それが痛かった。胸に刺さった。
「どうしました禊さん! その程度ですか!!」
歓喜が混ざった叫びと共に、朱雀の翼が焼ける軌跡を描きながら突っ込んでくる。
こちらの視界から茉莉花の姿がふっと消えた――天空の透明化だ。
反射で祓棒を横に払うが、空を切る。
(攻撃が届かない……!)
背後。気配。振り返るより先に風圧が来た。
かすっただけで肌が裂ける。
たまらず距離を取って、冷静に茉莉花を観察する。
武器は青竜を武装変化させた青竜偃月刀。
防具は玄武の武装変化である亀盾。
背中には朱雀の翼を生やし、空中戦を行いつつ回復。
そして厄介なのが、天空の透明化。
(茉莉花……私が知ってる以上に、十二天将を使いこなしてる)
≪禊をサポートする私と同じように、あちらには安倍晴明がいるのでしょうよ≫
(手数が足りない……! このままじゃ押し潰される)
≪手数が足りないなら、増やせばいいじゃない≫
(簡単に言わないで母さん! どうやって――)
≪ほんとに忘れたのね。貴女『陰陽少女だから強力な式神を召喚して圧倒したい』って、私に色々と作らせたじゃない≫
呆れたように母さんは言った。
……中学生のころ、そんなことを言った気がする。
ただ、結局一度も使わずに祓を黒歴史として封印したせいで、すっかり忘れていた。
基本【スキル】で怪異は倒せてしまったので、母さんが創った強力な式神は出番が無かったのだ。
徐々に、忘れていた記憶が蘇ってくる。
ちょうど祓をしていた頃は、カードゲームアニメに嵌っていた。そのアニメはカードに書かれたモンスターが実体化し、世界を脅かす系だった。
普通の陰陽師は白い札に呪文を書いて式神を喚び出すのだけど、アニメに影響された私は、母さんに頼んでカード型に作ってもらった。
符ではなくカード。
カードの三分の二にイラストがあり、その下には式神のスキルが書かれている。
茉莉花の斬撃が地面を砕き、破片が頬を掠める。
大きく深呼吸をする。
黒い袴の後ろにあるカードホルダーへ手を伸ばし、カードを数枚取り出した。
手に取ったカードを見て、茉莉花に対抗できるカードを選び抜き、残りをホルダー戻した。
「……まさか。式神? 禊さん、式神を持ってたんですか」
茉莉花の瞳が揺れる。その揺れに、一瞬だけ少女らしい不安が滲む。
「私は陰陽師だよ。式神くらい持ってるよ。――今まで出さなかったのは、出すほどの相手がいなかっただけ。
だから、誇っていいよ茉莉花。あなたは私に初めて式神を召喚させた」
「――初めて。初めて、禊さんが私を褒めてくれた」
彼女の顔に花が咲いたように喜びが広がる。
その笑顔が、胸を締め付けた。
どうしてこんな風にしてしまったんだろう。
もっと早く気付けていれば――そんな後悔が生まれる。
「……そんなこと。色々褒めてたと思うけど?」
「デスクワークでは褒められましたけど……現場では全くありませんでした」
……そうだったかな。
褒めたような気もするけど、茉莉花が言うのなら、現場では褒めたことがなかったのかもしれない。
それも茉莉花が暴走している一因か。
本当、私って人間関係ダメダメだったんだな。
「さっさと召喚してくださいよ、禊さん。召喚した式神も斃して、貴女では私に勝てないということを身に刻んであげます」
「――私の式神は母さん特製だよ。簡単に倒せるとは思わないでよね」
カード三枚を前に掲げる。
「対極院禊の名の下に召喚する!
斉天大聖、孫悟空!
宝貝元帥、哪吒!
千変武神、楊戬!
私の敵を打ち破れ!!」
私が命令を下すと、三枚のカードは光に包まれ消えた。
空気が変わる。
先程まで茉莉花と十二天将が放っていた威圧とは、また別の威圧。
それはまるで世界が塗り替えられていくようだった。
まず現れたのは、人間と見間違う猿。
茶色の体毛。そして赤い眼に金色の虹彩。
頭には「緊箍児」、手には「如意棒」、足元には「筋斗雲」。
――斉天大聖、孫悟空。
次に現れたのは少年。
ただの少年ではない。三面八臂の姿に、様々な宝貝を所持している。
「風火二輪」「乾坤圈」「乾坤弓」「震天箭」「火尖槍」「金磚」「九龍神火罩」「斬妖剣」「縛妖索」など数え切れない。
――宝貝元帥、哪吒。
最後に現れたのは美しい青年。
額に第三の目があり、手には三尖刀、横には犬型の霊獣・哮天犬が控える。
そして変化の術を得意とする道士であり武神。
――千変武神、楊戬。
「こんな強力な式神を……どうして今まで隠していたんですか」
「だから言ったでしょ。出すほどの相手がいなかったって」
「――なら、私が禊さんにとっての初めての強敵ということですねっ」
嬉しそうに、楽しそうに茉莉花は言う。
……その顔を見て罪悪感が増していく。
もしも茉莉花ときちんと向き合って人間関係を構築できていれば、茉莉花はこんな事をしなかった筈だ。
≪禊。分かっていると思うけど、そのレベルの式神三体を使役すると言うことは、いくら祓状態とはいえ、それほど長くは持たないわよ≫
(分かっているよ、母さん。でも……私は茉莉花と向き合うと決めたから、持てる全てを使って茉莉花を――倒す)
祓状態で膨大なエネルギーを持つ私でも、孫悟空、哪吒、楊戬の三体同時運用はキツい。
溜池の水を三カ所から大量に放出している状態に近い。
時間を掛ければ式神どころか祓でいることも出来なくなる。
≪そう。まあ、決着をつけるのなら早くすることね。あの小娘は時間をかければ死ぬことになるわ≫
(――は? どういう……こと)
≪十二天将を躰に取り込み、私に近い力を得たのよ。人間の肉体が耐えきれるわけがないじゃない≫
つまらなそうに母さんは言う。
そうだ。
母さんも人間の体を作った際に、いくつものスキルを組み込んだことで、逆に体が弱くなり、私の出産で体を壊し亡くなった。
スキルが強力であればあるほどに、身体的負担も大きい。
十二天将という強いスキルを持つ式神を全て取り込んだ茉莉花は、今、どれほど体に負荷がかかっているのか想像できない。
(母さん! そういう事は早く言ってよ!!)
≪私、愛しい禊に酷い事をしたあの小娘が嫌いなの。どうなろうと知った事じゃないわ≫
拗ねたように母さんはそっぽを向く。
――私を大切に思ってくれているのは嬉しいけど、もうちょっと周りも見て欲しい。
まあ、今は茉莉花の対応が先だ。
孫悟空、哪吒、楊戬に思念を飛ばして作戦を伝える。
「行くよ、茉莉花!!」
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