02話 黒歴史
「ひどいっ!! 対極院さん、そんなの絶対許せませんってば!!」
トンネルの中で、無色さんはまるで怒鳴るかのように叫びながら、私の肩を軽く揺さぶる。
彼女の声は、狭い空間で反響して、一層響き渡る。
私の肩をガッと掴んで、ましろが目を吊り上げる。
「恋人と後輩が二人で浮気とか、昭和の昼ドラですか!? いや、令和の闇!? 最低ですっ!!」
私はため息をついて、苦笑で返す。
「そんな熱量で言われると、逆に元気出るね……」
「当然です! 女の敵は女が成敗ですよ!!」
彼女は本気で怒っていた。
拳をぎゅっと握って、まるで私の代わりに怒ってくれているような勢いだ。
「こんなの、呪うべきですよ!! いや、法に触れるのはダメですけど、せめて不幸になってほしい!!」
≪あら、私も同意見よ。土御門なんて元を辿れば安倍晴明の血筋でしょう? 滅んでも困らないわ≫
(母さん、声が怖いよ……)
≪ふん。私は、晴明の母親――葛の葉という九尾の狐が大嫌いなの≫
母さんの低い声が頭の中に響く。ましろには聞こえない、いつもの思念での会話だ。
無邪気なましろのハイテンションと、母の底冷えする毒舌。その両極端のせめぎ合いで、トンネルの空気がさらに重くなる。
「でも、ありがとう。怒ってくれるだけで、ちょっと救われるよ」
「当然です!」
ましろは胸を張る。
「女性同士、団結ですよ! ていうか、晒しちゃいましょうか!? 知り合いの暴露系YouTuberに頼めば、秒速でバズりますよっ。加茂家も土御門家も真っ青!」
「いや、それは勘弁して。実名出たら社会的に死ぬ」
「え、死なない程度で編集します!」
「編集してもアウトだから」
彼女の軽快なテンポが、逆に恐ろしい。
けれど、そんな無邪気さが――少しだけ救いでもある。
私たちは懐中ライトを頼りに、ゆっくりとトンネルの奥へ進む。
湿気を含んだ空気が、肺の奥に張りつく。
足元の水たまりを踏むたびに、ぬめるような音が響いた。
「それにしても……どうして、私の周りって、いつもトラブルメーカーばっかりなんだろ」
思わず漏れた独り言に、ましろが首を傾げる。
「え、今なんて?」
「……なんでもない」
無色さんは気にも留めず、楽しそうに笑った。
この人、本当に怖いもの知らずだ。
「――そう言えばさ、無色さんって、どうしてオカルト探索系YouTuberになったの?」
ふと気になって、聞いてみた。
彼女は少し目を細めて、懐かしそうに笑う。
「私ね、小学生の時に“怪異”に襲われたことがあるんです。そのとき、助けてくれた人がいて」
「へえ……」
「ちゃんとお礼も言えなかったから。だから、いつかまた会えるかもって思って。怪異を追い続けてるんです」
思っていたより、真面目な理由だった。
無色さんの目は、暗闇の中でもまっすぐだった。
「でもさ、子どもの頃の記憶って、けっこう曖昧じゃない? 本当に実在する人?」
「はいっ! ちゃんと名乗ってくれたんです。しかも、めっちゃ格好良くて、もう脳が焼かれた感じで!」
「……名前、聞いてもいい?」
「もちろん! その人の名前は――」
ましろは胸を張って、全力で叫んだ。
「“陰陽少女・祓ちゃん”ですっ!!」
「…………は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
隣で、お母さんが“ぷっ”と吹き出す。
≪……くくっ……! 懐かしいわね。巫女のコスプレで片目には眼帯をして、祓い棒を片手に持って「悪霊退散」とか叫んでたヤツ≫
(やめろ母さん、黒歴史を掘り返すなぁっ!!)
そう――陰陽少女・祓。
それは、私の中二病全開時代のヒーロー名だ。
中学生なら誰もが一度はかかる病――中二病。
普通ならフィクションとノンフィクションの違いで短期間で終わるだろうけど、私は魔神というお母さんの存在があった。
中学生の頃、母からスキルを借りて、夜な夜な怪異を祓っていた。
本人は真剣だったけど、今思えば完全にイタい子だった。
そして今、その黒歴史が――まさかのファンに直撃。
「……あー、うん。そ、そうなんだ。陰陽少女、ね……?」
「はいっ! 私の命の恩人なんです! あの人に会えたら、もう一度お礼を――」
たぶん会う事はないよ。
陰陽少女・祓はもう二度と姿を現さない。
そもそも、もう20代後半であの時の姿をするとか、黒歴史以前に羞恥心で死ぬ。
しばらく歩くと、トンネルの先が開けた。外へ一歩踏み出すと、目の前の景色が現実ではないことをはっきりと告げる。
しばらく歩くと、トンネルの先が開けた。
外へ一歩踏み出すと、目の前の景色が“現実ではない”ことが、はっきりと分かる。
そこは――異界だった。
空は血のように赤く染まり、天には黒い孔がぽっかりと開いている。
木々はねじれ、葉一枚一枚がざわめくたびに妖しい気配を放つ。
存在そのものが、「ここは違う」と告げていた。
「ようこそ、冥獄へ。うわぁ~、久しぶりのお客さんだ! しかも三体も」
トンネルを出た先、小屋の陰から少女が現れた。
短い赤髪。血のような真紅の着物。額には一本の角。
そして、目元には何重にも包帯が巻かれている――それでも、私たち全員の姿を見透かしていた。
「……冥獄? 隠冥村じゃないの?」
「外じゃあ、そんなふうに呼ばれてるみたいだねぇ。
まあ、冥獄でも隠冥村でも、どっちでもいいじゃん。
お前たちは――もう二度と外には戻れないんだからさ!!」
赤髪の鬼は、牙を覗かせて嗤う。
【道を閉ざすスキル】
「は?」
なんで鬼がスキルを使えるの――!?
驚く私の服を、ましろが引っ張る。
「対極院さんっ、トンネルが!?」
振り返ると、さっきまで通ってきたトンネルが――跡形もなく消えていた。
「さぁさぁ、罪人御一行様。案内するよ。
あ、抵抗はしないことだね。僕はちょっと強いから」
外で出会ったどの怪異よりも、恐ろしいほどの妖気を放っている。
その圧だけで、ましろは尻もちをつき――そして、悲鳴とともに漏らしてしまう。
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