19話 子は知らず(第三者・視点)
冥獄。
隠冥村の中央に位置する城の最上部、天守閣。
そこには四名の男がいた。
刑事局長・土御門黎明。茉莉花の父。
賀茂家当主・賀茂雅人。明楽の父。
技巧神社の神主・対極院両儀。禊の父。
そして冥獄の主、対極院夜魔。
彼ら三人は、夜魔の式神――鮮罪・罪華・遊罪に命じて強制的に呼びつけられた。
夜魔は驚く三人に状況を説明を行い、現在、ましろによるライブ配信――禊と茉莉花が相対している様子を天守閣の壁一面に映し出され、見せられていた。
「……まさか茉莉花に操られていたとはな」
右頬を腫らした黎明は、深く項垂れた。
十二天将に洗脳されていた彼を両儀が拳で正気へ戻した直後から、罪悪感に苛まれ続けている。
父として、ただ見守るしかない無力さが胸を締め付けていた。
「両儀、本当にすまなかった。明楽が禊に対し、不義理を働いていたとは知らなかったのだ」
「謝罪は不要だ。もう成人した者同士の問題だ。後始末は当人たちでつけるだろう。……どうにもならなくなれば、そのとき親が口を出せばいい」
雅人は深々と頭を下げた。
明楽と禊は実家を離れて暮らしていたため、茉莉花が明楽を寝取り、そのせいで禊が地方へ左遷されたという事実を把握できなかった。
その情報を知ったのも、夜魔に呼び寄せられ、説明を受けた直後である。
「良いことを言うな! 子どものことは子ども同士で決着をつけるべきだ! どこぞの親バカのように干渉していては、成長の妨げになる!」
≪あら……それは誰のことかしら?≫
黒い稲光が奔り、空間が震えた。
廻縁の外側、宙に浮かぶ異形の影。
その存在が生み出す物理干渉すら伴う威圧に、黎明と雅人は思わず後退した。
ただ一人、両儀だけがその異形へと歩み寄る。
「久しぶりだな……愛守」
≪ええ、久しぶりね、両儀。――人間だった頃の名で呼んでくれるのは、もう貴方くらいよ≫
魔神は柔らかく笑った。
愛守という名は、禊を産む際、彼女が人間として肉体を持っていた時のものである。
もともと名前に興味のなかった彼女だが、禊のために必要だと説得され、名付けを受け入れたのだ。
「神」の読みをシンからカミへ変え「マガミ」とし、「禊を愛し守る」という意味を込めて“愛守”の字が当てられた。
「お前がここにいるということは……禊は一人なのか?」
≪まさか。少し離れることはあっても、こんな距離までは離れないわ。私の大切な娘よ?≫
「……では、ここにいるお前は」
≪並行世界――向こう側の「私」よ≫
愛守は静かに語り始めた。
少し時間軸の異なる世界では、茉莉花が安倍晴明に乗っ取られ、九尾の狐を呼び出して暴れ回ったという。
街は破壊され、人々は晴明の術によって人から妖へと変貌させられた。
今の禊と、ついでに配信者のましろは、その時間軸の存在と融合しているのだ。
「向こう側の我は英断をしたな! 過去を正し、怠惰の罪を償わせた! 少なくとも土御門茉莉花が晴明に乗っ取られる未来は消えた!」
夜魔は満足げに笑い、胸を張る。
向こう側の茉莉花は禊の介入がなかったため、明楽を殺し、その精神の隙を突かれて乗っ取られる結末を迎えた。
一方、こちらの世界では禊が介入したことで明楽は生き延び、さらに禊が目の前に現れたことで、茉莉花は晴明を抑え込むほどの自我を発揮し、茉莉花として禊と向き合うことになったのである。
「……娘は――茉莉花はどうなる?」
黎明は問う。
≪さあね。本音を言えば、殺した方が手っ取り早いのだけれど……禊は助けようとするでしょうね。あの子は優しいから≫
「……そうか」
黎明がわずかに頷いた直後、大規模な地震が天守閣を揺らした。
何かが急速に接近してくる――そう確信できるほどの威圧が場を包んだ。
≪……狐がこっちに向かって来ているわ。母親だもの――息子の復活を放っておけないでしょう≫
「うむ! 龍脈が通ると聞いて少し弄ることができたからな! もっとも、晴明が口寄せしていたら意味はなかったが!」
夜魔は、向こう側の魔神の力を借りて龍脈を操作していた。
九尾の狐が封じられている地点は、禊たちが戦っている場所の手前に隠冥村があり、狐をこちらへ迷わせることが可能だった。
晴明が口寄せしていれば無意味だったが、口寄せとは空間を直接渡って呼び寄せる術であるためだ。
ただし、その場合に備え、廃校舎にいる者を全員こちら側へ転送する準備も整えていた。
向こう側の世界で禊が身に着けていた白装束を起点に、禊の周囲ごと転送する大規模術式である。
もっとも、主導権が茉莉花へ渡ったため九尾の口寄せは行われず、白装束を使う必要もなくなった。
「……愛守。九尾に勝てるのか?」
≪あら? 私が狐ごときに負けると思うの?≫
「前回は引き分けたうえ、消耗が激しすぎて休眠状態に陥ったはずだろう」
≪……どうして、それを≫
「対極院家の隠れ家の地下に、六道が残した古文書がある。そこに記されていた」
魔神は露骨に舌打ちした。
彼女は極度の負けず嫌いである。
【スキル】という未知の概念を創出し、魔術・魔法を至上とする一族に喧嘩を売り、ついには魔神王すら打ち倒した存在だ。
その彼女にとって、たとえ相手が大妖怪とはいえ引き分けた挙句にエネルギー枯渇で休眠に落ちたという事実は、消し去りたい黒歴史である。
――かつての戦いが脳裏に蘇る。
九尾の狐が咆哮し、天地を揺るがす炎を吐き散らす。
魔神はその力を正面から受け止めたが、召喚されたばかりの肉体は不安定で、術式の制御もままならなかった。
幾度も衝突を繰り返し、最後には互いに力尽きて倒れ込む。
狐は封印へと戻り、魔神は長き休眠へと落ちた――。
その屈辱が、今も胸奥に焼き付いている。
≪あのときは、この世界に召喚されたばかりで勝手が分からなかっただけよ。人間だって、急に海へ放り込まれて鮫と戦えと言われたら厳しいでしょう? それと同じ。――今回は負けないわ≫
魔神は瞳を爛々と輝かせ、はっきりと言い切った。
その直後、天守閣全体が大きく揺れた。
地鳴りが轟き、壁が軋む。
まるで火山が噴き上がるような衝撃――九尾の狐が急速に接近しているのだと、誰もが直感した。
≪さて――私は狐と戯れてくるわ。……あなたたちも、自分のすべきことを果たしなさい≫
魔神はそう告げると、地面が爆ぜた方向へと一気に飛び去った。
「すべきこと、か……。そうだな。黎明、雅人。俺たちもできることをするぞ」
両儀が振り返り、二人へ向けて静かに告げた。
「……ああ。娘の不始末を、他人に任せきりにはできんからな。夜魔――だったな。俺を廃校舎の外側に送ってくれ。周囲を固めている警察官たちに指示を出す必要がある」
「俺も――」
「お前は明楽のもとへ行け。晴明復活の際、血を流しすぎて危険な状態だ」
「……しかし」
「外は黎明に任せる。俺は中へ入る。……お前は息子を守れ」
両儀の言葉は短く、しかし揺るぎない。
雅人は一瞬ためらったが、やがて深く頭を下げた。
「……分かった。すまない」
「よし! 話はまとまったようだな!! 鮮罪、罪華、遊罪――三人に道を開いて送ってやれ!」
夜魔が呼び声を上げると、青鬼・赤鬼・黄鬼が姿を現し、それぞれの前に三つの扉を出現させた。
三人は鬼たちの案内でそれぞれの扉へと入り、姿を消す。
誰もいなくなった天守閣に、静寂が満ちた。
夜魔は一つ、深いため息を吐く。
「我が冥獄を任されたのは、晴明復活を阻止するため……。上手くいけば、ようやく役割を終え、六道さまの母君の躰を開放してあげられる。長かったな。……六道さまの子孫、対極院禊。あの時から続く因縁に、決着をつけてくれ」
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