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警視庁陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官―  作者: 華洛


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17話 執着



 鋭く冷えた視線が、氷槍みたいに真っ直ぐに私を射抜いた。


 ましろと廊下を歩いている途中、何となく窓の外へ目を落とした。

 その瞬間、視界の底で茉莉花が明楽を刺している、悪夢みたいな光景が広がった。


 胸の奥で、感情が爆ぜた。


 思考より先に体が動く。祓棒で窓ガラスを叩き割る。

 砕けた破片が光を散らし、冷たい風が一気に流れ込む。

 私はそのまま校舎の外へ飛び降りた。


 落下の衝撃なんて、脳裏に焼きついた“血の赤”の前では意味を成さない。


 着地すると同時に、一直線に茉莉花へ駆ける。

 全体重と呪力を乗せた拳を叩き込む――全力ではない。それでも相応の威力はあったはずなのに。


 茉莉花は微動だにもしなかった。


 ……私と相棒を組んでいた頃とは、比べものにならないほど強くなっている。


「その声――この呪力――……。ふふ、随分と可愛らしい格好ですね、禊さん」


 嘲るような笑みを浮かべて言う。


「そんなに若く……いえ、幼くなったのは、私に明楽さんを寝取られたからですか?」


「安い挑発だね。そんなわけないじゃん」


「でも祓棒、震えてますよ? 図星なんじゃありません?」


 確かに茉莉花のほうが、禊状態の私より五歳以上若く見える。

 だけど、それに対抗するために中学生の姿になるなんて有り得ない。

 そもそもこれは黒歴史時代の姿だし、好きで戻ってるわけじゃない。

 明楽が「そっちのほうが可愛い」なんて言い出したら、逆にドン引きだ。


「私が怒りで震えてるのは――茉莉花、あなたが明楽を刺したこと。どうして、こんなことを」


「どうして? 分からないところが、やっぱり禊さんなんですよ」


 冷たく凍るような声と同時に、背後から瘴気が噴き上がった。

 黒と紫が絡み合い、空気を押し潰すほどの圧力となって全身にまとわりつく。

 渦を巻きながら上空へ伸び、やがて“人の形”を作り始めた。


 平安の装束。

 長い黒髪。

 整った容貌。


「あれが……妖人・安倍晴明!」


 人間・安倍晴明から、先祖である六道が引き剥がした存在。

 あれは今まで私が対峙してきた怪異とは比べ物にならない。

 蛍の光と月の光ぐらい差がある。


「ぐ……っ……!」


 背後で明楽の喘ぐ声がする。

 振り返れば、胸を押さえ、血の海に沈んでいた。


 ――そうだ。今は茉莉花を相手にしてる場合じゃない。


「明楽!」


 地面に膝をつき、彼の体を抱き上げる。

 脈は弱い。体温も落ちてる。

 流れ出る血が制服を真っ赤に染め、指先から熱が奪われていく。

 私は傷口に手を当てる。


 【傷を癒やすスキル】


 淡い光が刺し傷を覆う。

 裂けた肉がゆっくり繋がっていく――けれど、失った血までは戻らない。


「明楽っ、しっかりして……お願い、何か言って……!」


「――……みそ……ぎ?」


「う、うん。そう、私だよ。姿はちょっと違うけど」


「――おれは………おま……あや……ま……。まつ……か……を――」


 か細い声。

 握った手の温度が、どんどん消えていく。


「祓ちゃん!」


 校舎からのましろの叫び声。

 その声につい反応して振り返った――その一瞬だった。


 茉莉花が背後から迫り、私の首を掴んだ。


「だめですよ、禊さん。私から目を逸らしたら! せっかく禊さんが、私を見てくれるようになったのに!!」


「ま……っ、ぐぅ……!」


 【硬化するスキル】


 首まわりを硬化させる。しかし――

 茉莉花の力は強すぎて、硬化しても苦しさはほとんど変わらなかった。


「そうだ。禊さんがずーっと私を見てくれるように、明楽さんには死んでもらいましょう。そしたら、よそ見できませんよね?

ああ、ついでに向こうで覗き見してる女も殺してあげますよ」


「っ! や……やめ……がぁ……!」


 首が締まる。意識が薄れる。

 でも、ここで落ちたら――茉莉花は本当に明楽とましろを殺す。

 それだけは絶対だめだ。


「助……け……か……あ……ん……」


「アハハハハ! 無力ですね、禊さん! その無力感! それが、貴女から受けた絶望の一つですよ!!」


 目が合う。

 表情の端々から狂気が滲み、視線はぎらついている。

 執念が熱く濁っていて、闇の底みたいに昏い。


 ――その瞬間。


 刀の一閃が、私と茉莉花の間を駆け抜けた。


「ッ!」


 私の首を握っていた茉莉花の手が、斬り落とされる。

 彼女は跳躍し、瘴気の噴き上がる場所まで後退した。


「――はっ……はぁ……鵺さん!」


 影の中から現れたのは、黒いフードに隻眼の鴉の仮面――。

 対極院鵺。私の義母だ。


 私を一瞥し、安心したように息をつくと、静かに刀を構え直す。

 その横には、母さんも顕現した。


≪大丈夫! 禊!!≫


(う、うん。大丈夫。鵺さんが助けてくれた。それより明楽の治療、お願い! 死にかけてるの!!)


≪……禊を捨てた相手なんて、別に死んでもいいんだけど≫


(母さん!!)


≪はぁ……分かったわよ≫


 渋々、という感じで明楽へ手を触れる。


 【生き長らえるスキル】

 【物体を転送するスキル】


 明楽の体が輝き、そのまま姿が消えた。


(母さん、明楽は!?)


≪死にかけてたから、生きる時間を伸ばして警察病院へ飛ばしたわ。輸血もできるでしょうし≫


(……助かるんだよね?)


≪ええ、死ぬことはないわ≫


(よかった……)


 胸の奥で、緊張がひとつほどける。

 やっと、茉莉花に集中できる。


「鵺さん。私は大丈夫だから、ましろの護衛をお願い。鵺さんなら安心して任せられる」


 私は鵺さんにましろの護衛をお願いした。

 今の茉莉花だと、平気でましろに害を与えかねない。

 たぶん、そうなれば私はましろに気を取られて集中できない。

 今の茉莉花の相手に、その隙は致命傷になりかねなかった。

 でも、鵺さんが護ってくれているのなら、茉莉花との戦いに集中できる。


 鵺さんは無言のまま私を見る。


「茉莉花とは――私が決着をつけないといけないから!」


≪そういうこと。禊のことは実の母親の私に任せなさい。……さっき禊を殺しかけたことは、今の手助けでチャラにしてあげるわ≫


 龍脈の一件をほじくられ、鵺さんが仮面越しにピリッと反応する。

 でも、私の顔を見て刀を鞘へ収め、校舎で震えるましろのもとへ向かってくれた。


 私は一歩、茉莉花へ踏み出す――。



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