13話 蘇る悪夢
扉をくぐった瞬間、空気が変わった。
まるでゲームのダンジョンのようだ。ただ一つ、決定的に異なるものがある。
土壁に、血管のように七色の管――龍脈が、無数に走っていた。
「わっ」
「どうかした、ましろ」
「あ、ごめんなさい……。ここに入って直ぐに、禊さんのお母さんが見えるようになったので、驚いちゃって」
≪……そういえば、禊の記憶で、姿を見せていたわね≫
龍脈は人体で言う血管で、流れるのはエネルギー。
魔神である母さんは、そのエネルギーを「食べる」
つまり、この中にいる限り、母さんは無制限に回復し続けるのだ。
「ましろ。夜魔から言われていた配信。ここからする? ちょうどいいタイミングだと思うけど」
「……いいんですか?」
「うん。外界からは隔離されているし、茉莉花たちも配信チェックはしてないと思う。まあ念の為、場所だけは言わないように」
「分かりました!」
ましろは元気よく返事し、カバンから自撮り棒やスマホなどを手際よく取り出して、撮影の準備を始める。
(……ここって龍脈だけど、外まで電波が届くのかな)
≪大丈夫よ。私の【スキル】で届かせるから、心配はいらないわ≫
母さんを見ると楽しそうだ。
茉莉花たちとは別の方向で……嫌な予感がする。
「母さん。今は緊急事態なの分かってるよね」
≪分かってるわ。でも、禊。身バレしていいの? 警察官がYouTuberと一緒に配信するというのは、外見が悪いんじゃあないかしら?≫
「……今更言う?」
≪それに向こうには刑事局長がいるのよ。禊の身元がバレて圧力をかけられたら、ただでさえ後手に回っているのに、取り返しのつかないことになりかねない!≫
なんだかテンションが高い。
そして嫌な感じが増してくる。
「仮面でも被れっていうの?」
≪ここに仮面なんてないわよ。第一、そんな事をしなくても、禊には「別の姿」があるじゃない≫
「…………………ないよ」
母さんが何を言いたいのか分かった。
確かに別の姿はある。いや、あった。
ただし、アレは歴史の中に忘却したので、二度と姿を顕すことはないっ。
≪あるじゃない。私が受肉した際に、失敗した経験を活かして造り出した最高傑作。あらゆるスキルが運用可能な膨大なエネルギーを持つ躰。最強無敵純情可憐。宵闇に舞う一滴の綺羅星。陰陽少女、祓!≫
………ガハッッ。
私は膝から崩れ落ちた。
明楽と茉莉花と会う前に――死ぬ。精神的に死ぬ。
なんで中学生の頃の私は、あんな恥ずかしい真似をしたんだろう。
「禊さん、大丈夫ですか! 顔、真っ青ですよ」
「大丈夫……とは言えない。強烈な精神攻撃を受けた」
「えっ!? 攻撃!? どこから──」
ましろは心配して駆け寄って来てくれた。
うん。あったんだよ。
ただし敵からではなく味方からだけど!
≪あまり時間もないし、やれる事は全てするべきよ≫
「そうだけどっ。それとこれは話が違うと思う!」
≪別にいいでしょう。それに生娘なんだから、ギリ少女でも通用するわよ≫
「母さん!!」
顔を真っ赤にして叫んだ。
≪問答無用。【陰陽少女・祓へ変身するスキル】≫
黒い光が身体を包む。
ああ……あの日が蘇る……。
視界が中学生の頃の高さへ。
白と黒の巫女装束。背には大きめの太極印。
ノースリーブ。膝上の黒い袴。左目に眼帯。手には払棒。
「――――っ!!」
羞恥で体温が跳ね上がる。
「母さん!! 勝手に変身させ――」
「あ、ああああああああ!!」
母さんに文句の一言でも言おうとしたところで、ましろの大声でかき消された。
声の方向を恐る恐る振り返ると、ましろは体を震わせ、両目を星みたいにキラキラさせている。
「陰陽少女・祓ちゃん……!」
そして感動のあまり涙を流しながら、私に抱き着いてきた。
とはいえ、私の背は中学生の頃に戻っているので、ちょうどましろの胸元に顔をうずめる形となった。
「ずっと……ずっと会いたかったんです……!幼い頃、祓ちゃんが私を救ってくれたあの日から……!
それに、まさか祓ちゃんの正体が禊さんだったなんて……。ああ、もう言葉もありませんっ」
「ま、ましろ……、ちょっと、落ち着いて……」
「コラボをしましょう! 陰陽少女・祓ちゃんをメインに打ち出して、大大的に!」
「いや……それは」
「だめ――ですか?」
上目遣いはずるいと思う。
そんな表情をされたら――断れない。
「い、い……いよ」
「ありがとうございます! さっそく配信をしますね」
「う……うん」
ましろは自撮り棒でスマホを掲げると配信を始めた。
明楽にも茉莉花にも向き合わなかった私への罰。
恥ずかしさで死にそうなのに、それでも前へ進まなきゃいけない。
私は祓棒を握りしめ、震える息を整えた。
面白い。続きが気になる。など興味を惹かれましたら、ブックマーク、感想、評価をお願いします




