11話 決意
意識がゆっくりと浮かび上がる。
重たい水面を破るように瞼を上げると、視界に映ったのは――タクシーの天井。
「隠冥村に行く唯一の道がここなんですけどね。鉄格子で封鎖されてるんです。どうします?」
――過去に戻ってきた。
見覚えのあるタクシー運転手が聞いてくる
「――ここで降ります。すぐに戻るので停車していて下さい」
タクシーから下りて鉄格子の前まで歩く。
目の前には、錆びた鉄格子。鎖と七つの南京錠で封印されている、隠冥村へ続くトンネルの入口がある。
≪禊?≫
横にいる母さんは不思議そうに頸を傾げる。
どうやらまだ母さんは、戻ってきていないらしい。
今、私の横にいる母さんは、隠冥村で起きた事を体験していない母さんだ。
(母さん。私の記憶を読んで)
≪どうしたのよ急に≫
(言うよりも見てもらった方が早いから)
母さんは私の頭を撫でるように触り、【記憶を読み取るスキル】を発動させて私の記憶を読み取った。
少しだけ驚いた表情をした母さんはため息を吐き言う。
≪そう。そういうことなのね……≫
母さんの声が、いつもより少しだけ重い。
そして少しだけ考え込む。
私は目の前の封印を目にして夜魔が言った言葉を思い出す。
『トンネルを塞ぐ封印を解け。あれは人を入れなくするだけではなく、龍脈も閉じる効果がある』
罪華は言った。
『土御門の奴らが、封印したから誰も来なくなったんだ』
資料によると明治時代に封印されたとあった。
長い歴史の中で、妖人・安倍晴明が封じた事が失伝したのかもしれない。
または、知っていて故意に……?
≪禊。夜魔が言ったように、まずは封印を解きましょうか≫
(……うん。お願い)
母さんが【南京錠を開錠するスキル】を使用した。
カチリ――七つの鍵が順に外れ、鎖は光の粒となって消えた。
軋む音とともに扉が開いていく。
招かれているような、そんな嫌な気配を覚える。
前の時間軸のことを思えば、もしかすると本当に招かれていたのかもしれない。
≪龍脈の陰気が少し流れ込むようになったわ。でも、焼け石に水ね。やらないよりはマシというくらい≫
「待ったぁ!!」
突然の声に振り返った。
そこに居たのは、オカルト探索系YouTuber――無色ましろ。
「……ましろ?」
「っ。「無色さん」じゃなくて「ましろ」って――。それじゃあ、ここにいるのは一緒に隠冥村に入った禊さんなんですね!!」
「うん。そうだよ」
感無量といった様子でましろは、私に抱き着いてきた。
頭をそっと撫でると、ましろは目を細め、笑みを見せた。
≪感動の再会もいいけれど、あまり時間がないんじゃあないかしら≫
「あ、そうだった。私が乗って来たタクシーを待たせているし、一緒にいこう、ましろ」
「はいっ!」
二人でタクシーへ向かう。
運転手は、私たちが二人になっていることに少し驚いた様子だったが、何も聞かずにドアを開けてくれた。
「お客さん、結局どちらまで?」
「えっと……」
……しまった。廃校舎の場所を知らない。
陰陽課で大規模討伐の話があった頃は、異動準備に追われて詳しく聞けなかった。
困っている隣に座ったましろが、運転手にスマホを渡した。
「ここまでお願いします!」
「……他県で高速を飛ばしても数時間はかかりますが」
「大丈夫です。最短最速でお願いします」
「……かしこまりました」
運転手はカーナビに目的地を入力。タクシーは走り出した。
山沿いの細い道を進み、近くのインターから高速に入る。
外はもう少しで日を跨ごうとする時間だ。
両手で組んで間に合うように祈る。
(間に合って……)
「――大丈夫ですよ、禊さん!」
「ましろ?」
「覚えてますか? 私、嫌な予感がして廃校舎の方から隠冥村に行くことにしたんです。でも、今は廃校舎の方からは嫌な感じはしません。ですから、間に合いますよ!」
「……ありがとう」
ましろは私の手を重ねて励ましてくれる。
その瞳に映るのは、不安を隠しながらも私を信じてくれる強さがあった。。
冷たくなっていた手が少し暖かくなる。
≪この子の【幸運】と【未来感知】で、嫌な予感がしないということは、この子自身は無事なんでしょうね。
でも禊、……この子の予知は本人限定。あなたの未来までは保証されていないわ≫
(分かってる。でも……ましろが無事だと分かっただけで、十分だよ)
これから向かう先には明楽と茉莉花がいる。
恋人だった人。
信じていた後輩。
そして、私を裏切った二人。
もう会うことはないと思っていたのに。
≪禊。相手は妖人・安倍晴明を復活させようとしている。――止めるには覚悟が要るわよ≫
(母さん……)
分かってる。
分かってるんだよ、そんなこと。
今でも、思い出せば、胸が苦しくなる。
――もしもあの日常に戻れたら――
そんな未練が、まだ残っている。
「禊さん?」
隣で、ましろが不安そうに覗きこんでくれる。
その大きな瞳は揺れているのに――それでも私を信じていた。
あぁ……そうだ。
守りたい人がいる。
泣かせたくない人がいる。
手を握ってくれる人がいる。
(――もう逃げない。そのために過去に帰ってきたんだから)
それがどれだけ残酷でも。
どれだけ血で濡れても。
たとえ、胸が引き裂かれるほど痛くても。
私は、茉莉花を――止める。
悲しみを捨てるんじゃない。
悲しみごと抱えて、それでも進むのが覚悟だ。
(絶対に……終わらせる)
私は静かに、深く――決意した。
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