素描
夕陽がカーテンの隙間から溢れて、床に線を引いている
君は美術室の椅子に座ると、恥ずかしげに視線を逸らしながら、それでも僕に開いた手の甲を突き出した
それを視て、僕は「指輪を待つ花嫁みたいだな」と感じていた
「………なんだよ」
君が言う
「そんなに視るなよ」
「描くんだから、視るだろ」
僕が言い返すと、沈黙が部屋に緞帳を降ろした
『デッサンするから』なんて言い訳、思えば変質者みたいだ
僕は、自分の欲望が透けて視えてしまっている様な考えに囚われて、君の横顔を覗き込んだ
「えっ……な、なんだよ……」
君は覗かれている事に気が付き、慌てて僕を視る
僕は開き直る為、君の瞳を真っ直ぐに視ながら「いいから」「動くなよ」と真面目な顔で言った
また沈黙の時間が訪れる
結局僕は、鉛筆を動かせないまま時間を過ごしてしまっていた
ばかりか、もっと近くで君の手を視たいとさえ思う
「これなら大丈夫」と自分に言い聞かせると、僕は君の差し出された手に顔を近付けた
「お、おい……」
君が、直ぐに気付いて狼狽える
僕は平静を装って「いいから、視させろよ」と、君の手に視線を向けたまま、それを構成している要素の一つ一つに熱い視線を向けた
手首の骨張った所が好きだ
手の甲の匂いが好きだ
指が好きだ、爪も好きだ………
心の中では様々な欲望が暴風の様に荒れ狂っていたが、行動にまでそれを出す勇気が僕には無かった
でも、気が付くと僕は君の手を、それこそ指輪でも嵌める様に跪いて恭しく掴んでいた
「えっ………?」
「あっ……」
「あの……」
「これ、さすがにデッサンの為じゃないよな………?」
顔を赤くする君の耳元に唇を近付けると、僕は「そうだよ」と答えた