第2話「血に咲く祈り」
城の鐘が破裂するように響いた。赤銅色の夕焼けに、炎の煙が巻き上がる。雪乃は屋根の上から、人々が逃げ惑う広場を見下ろした。
彼女の掌はまだ熱く、血の余韻が指先に残っている——誰かの命を糧に、不死の力が彼女の体に宿った証だった。
「雪乃……」
蒼が駆け寄る。額に汗を浮かべ、衣服は泥と血で汚れていた。
「民は……城から逃げられるでしょうか」
雪乃は無言で視線を向ける。民たちは逃げ惑い、武士や領主の兵が無慈悲に刀を振るう。小さな子供が、手に握った薔薇の花弁を散らしながら倒れていく。
「……やらねばならない」
雪乃の口から、冷たくも凛とした決意が零れた。彼女の不死は、今ここで誰かを喰らわねば意味をなさない。近くで泣き叫ぶ母親の胸に、無意識に手が伸びる——。
しかし、振り返るとそこに黒薔薇の影。顔のない異形は、静かに雪乃を見つめるだけで、意志を告げる。
“選べ。誰を生かすか、誰を喰らうか”
雪乃は視線を上げ、ひとりの若者に目を止めた。蒼ではない、腕に赤い布を巻いた少年——民の避難の先頭に立つ、無垢な命。
「……ごめんなさい」
言葉と同時に、血が指先から流れ込む感覚。少年の瞳が一瞬光を失い、体はその場に崩れ落ちた。
蒼が叫んだ。
「雪乃――!」
しかし彼女は振り返らない。胸の奥で何かが凍るように冷たくなる。救いたい、でも救えば誰かが死ぬ——。
それが、今の雪乃の宿命だった。
城の門が砕け、兵たちが広場に雪崩れ込む。雪乃は黒薔薇の力で炎と血を操り、逃げ遅れた民を一瞬で守る。しかしその代償として、彼女の周囲には新たな死体が生まれる。見知らぬ人々、子供、母親——誰も報われない。
「なぜ……こんなことに……」
涙を浮かべる蒼に、雪乃は静かに告げる。
「救済は……いつも代償を伴うのです。私の力は、誰かの命で成り立つ——だから私は……」
その時、空を裂くような声。黒薔薇が笑う。
“薔薇は咲く。血で満開になる――お前の祈りは、もう届かない”
雪乃は拳を握った。民を守るため、蒼を守るため、そして己の孤独を覆い隠すため、彼女は再び血を流し、夜に咲く黒い薔薇となった。
広場には混乱と死、そして赤く光る薔薇の花弁だけが残った。
祈りは、もう届かない。島は、呪いの夜に沈む。




