貴族の火消しと記録の灯
かつて盗賊団の襲撃を受け、壊滅しかけた辺境の村・オルトレア。
セレナの手によって奇跡的な再建を果たしたこの村に、王都から再び“異物”が送り込まれる。
アンドリュー=ロセール。
王都ロセール侯爵家の次男であり、王太子派の隠密実働員。
彼の今回の任務は、“視察”ではない。
隠蔽だ。
──盗賊団を通じて辺境を不安定化させ、民を“従わせる”計画。
その証拠がオルトレアにあるとすれば、それはまずい。
なぜなら、セレナは王太子によって“捨てられた存在”であるにも関わらず、
王都の裏工作を正しく理解し、対処した唯一の当事者だからだ。
「セレナ・アルヴェリス……放っておけば、火種になりかねん。あの女の手柄も記録も……綺麗に“上書き”してやらねばな」
* * *
「このたび、王都から“復興監察官”として任命されたアンドリュー様だぞ!」
使用人が声を張り上げる。
村人たちは戸惑いながらも、セレナの指示で対応に出る。
「セレナ嬢、君は暫定的に“顧問”という形に降格となる。今後、全記録と行政印章は私が管理することになった」
「“降格”……? ですが、私はこの村の復興統括を任されています。王都からの正式な文書をお持ちでしょうか?」
「フッ。そんなものは……いくらでも後から出せるさ」
アンドリューは鼻で笑った。
彼の目的はただ一つ――
**村の復興記録の“改ざん”**である。
* * *
その夜。アンドリューの配下が密かに村の記録保管庫に侵入し、
セレナの作成した日誌や報告書を“燃やそう”とした――が、
「動いたら、凍らせますよ」
冷えた声とともに、炎を放とうとしていた配下の腕が“氷”で固まる。
暗闇の中から現れたのはセレナ。
「……燃やすと思って、予備を十箇所に分散しておきました。
あと、それ。魔法で自動記録されてますので、盗みに来た証拠も残ります」
アンドリュー配下の男が顔を青くする。
「ま、待ってくれ……俺たちはただ命令されて……!」
「王都の命令? それとも、“裏の”命令?」
セレナは静かに言った。
手に持った魔道具が“録音”していることを、男はまだ知らない。
* * *
翌朝、セレナは全村民を広場に集めた。
「アンドリュー様の指示で、村の記録が焼かれそうになりました。
それも、“私が復興に関わった証拠”ごと、です」
ざわめきが広がる。
「しかも、この村が襲撃された背景には、王都貴族と盗賊団の契約があったこと。その証拠も、“偶然”燃やされそうになっていたのです」
アンドリューは焦り、声を荒げる。
「で、でたらめだ! 偽の記録などいくらでも――」
「では、こちらをご覧ください」
セレナは魔導具の水晶に手をかざす。
水面に映る映像には、昨夜の配下たちの会話、そして“王都の命令で火消しに来た”という発言が、鮮明に記録されていた。
「な……っ、な……!」
王都の手先が、辺境で証拠を隠蔽しようとして失敗した。
それを見た村人たちの顔には、怒りと軽蔑の色が濃く浮かんでいた。
「帰れ!」
「俺たちの村を、まだ利用する気か!」
「セレナ様がいなかったら、盗賊に殺されてたんだぞ!」
怒声が飛ぶ中、アンドリューは馬車に放り込まれた。
泥にまみれた服のまま、オルトレアを追放される形となった。
彼が王都に戻った後、“隠蔽失敗”という事実がどれほどの意味を持つかは――彼自身が一番わかっていた。
* * *
村の広場で、一人の老人がぽつりと呟く。
「……あれが、王都の“火消し”ってやつか」
「いいえ、あれは“火をつけにきた”だけですね」
セレナが微笑みながら答える。
夜空には、村人たちが掲げた灯りが並び、
その中央には、燃やされかけたはずの“復興記録”が、魔法の光で複写されていた。
それは、何者にも消せない――
この村を救った一人の少女の、確かな証明だった。