表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/52

王座と影

王都ベルメルシア。王宮の中央塔、玉座の間の裏手にある小広間。

ここは政務と私的交渉が交差する、王国でも最も緊張感のある空間の一つだ。


レオンハルト=シュトラール王太子は、窓際の椅子に静かに腰掛けていた。

黄金の髪が朝陽に照らされ、まるで彫像のように美しい横顔が浮かび上がる。


「……なるほど、彼女が“辺境”で評判を立てているか」


彼の前に立つ男は、王宮随一の情報官――ハルトムート=ノイエン。

年齢不詳の風貌に、冷静沈着な瞳。

常に無表情で、声の抑揚も乏しいが、その報告には一分の無駄もない。


「はい。アルヴェリス嬢は、砦にて内政・魔物討伐の両面で成果を上げております。

彼女の存在によって、いくつかの村では民心が安定し、物資の流通も改善されたとの報告です」


「……あの時、婚約破棄したのは間違いだったのかもしれないな」


レオンハルトは、書簡を指でなぞりながらぽつりと呟く。

だがその声には悔恨よりも、むしろ“興味”が滲んでいた。


「その一方で、現在“王太子妃候補”であるミリアンヌ嬢については……」


「言わなくても分かる。あの子が政務にも魔術にも通じていないことは、ここ数か月でよく理解した」


レオンハルトの声は低く、どこか空虚だった。


「彼女は、政治の道具にすらなれない。ただの“飾り”だ。

だが貴族院は彼女を推している。今は、否定するわけにもいかん」


「そのために“外交任務”という名目で、砦へ送ったのですね」


「そうだ。政務に口出しできぬ場所に置いておきたかった。……もし、そこで何かが起きても、王宮は関知せぬ」


冷酷なようでいて、王族としての“現実的な処理”だった。


「だがセレナがその砦で頭角を現し始めたとなると、話は別だ。

あの女は、まだ終わってなどいなかったのか」


レオンハルトの瞳に、一瞬だけ火が灯った。


「ハルトムート。お前は彼女をどう見る?」


「……王妃に相応しい器かどうかは判断できませんが、“使える”とは申し上げられます」


「ほう?」


「辺境での短期間の実績と、民の支持。

それは、一朝一夕に得られるものではありません。

仮に彼女を再び都に呼び戻すことができれば……陛下の信任も、得やすくなるかと」


レオンハルトは立ち上がり、窓の外に目を向けた。


「……あの時の婚約破棄は、私にとって“勝利”だった。だがそれは“人としての勝利”ではなかったのかもしれないな」


彼の顔には苦笑が浮かぶ。

だがそれは敗北の色ではない。新たな駒をどう動かすかを楽しむ、王族の顔だった。


「ハルトムート。引き続きセレナを監視しろ。……だが手出しはするな。

彼女がどこまで上がるのか、もう少し見てみたくなった」


「御意」


静かに一礼して、情報官はその場を後にした。


玉座の間に続く扉が閉じると、レオンハルトは深く椅子に腰を下ろし、呟いた。


「“辺境の魔導姫”か……面白い。

玉座に最も近い場所から最も遠い地に落としたつもりだったが――

気づけば私の視界の中に戻ってくるとはな、セレナ」


その声には、微かな焦りと、高揚が入り混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ