漆黒の刃
無数の魔弾が空を裂き、霧が消し飛ぶたびに、大地が悲鳴を上げる。
「くっ……っ、まだ……!」
セレナの杖から放たれる魔導式は、既に極限の連続詠唱。
しかしハルメスの異端魔術も、現代の術式では対抗しきれない未知の挙動を見せていた。
(ダメ……このままだと、押し切れない……!)
と、ハルメスの背後に違和感が走ったのは、その時だった。
——ズ。
空間が、ごくわずかに“沈む”。
「……っ!? 今の感覚……!」
それはセレナにとって、幾度も感じたことのあるもの。
“虚月の影”の者が現れる前触れ——それも、極めて位階の高い者の出現を示す兆候。
「おや……やはり来たか」
ハルメスがわずかに笑った、次の瞬間だった。
ズゥン、と空間が低く震え、闇の裂け目のような亀裂が彼の背後に走る。
そこから現れたのは先日も顔を合わせた銀の仮面をつけた長身の男だった。
ただし以前会った時とは様相が違う。全身から“死”そのものを思わせる魔力を滲ませている。
「——お前は……!」
セレナが息をのむ。
ハルメスでさえも、一歩だけ後退した。
銀の仮面の男は、一切の言葉なく、手を振り上げる。
その掌から滲み出したのは、漆黒の刃のような魔力。
理すら歪める“それ”が、一瞬で——
「……がはっ……!」
ハルメスの胸を貫いた。
「な、ぜ……私を……! 我らは……同胞……だろう……が……!」
血を吐きながらも、ハルメスは呻く。
だが仮面の男は何も答えず、ただ冷たくその姿を見下ろしていた。
「秩序を乱す者は、不要だ。それだけのことだ」
重く、低い声が空間を揺らす。
それが、この男が初めて発した“言葉”だった。
セレナはすぐさま結界を最大展開する。
(……ここで、戦えば殺される……!)
この男は、ハルメスのような異端の魔導師ですら“道具”のように処分する存在。
下手に挑めば、一瞬で命を落とす。
だが仮面の男は、セレナに視線を向けることなく、岩の門の奥へと歩いていく。
(……あの奥に、“虚月の核”がある……!)
セレナはハルメスの崩れ落ちた身体を横目に見ながら、決断する。
「……追うしかない」
自らに魔力強化をかけ、セレナは再び結界を展開。
亡骸に背を向け、仮面の男の後を追っていく。
やがて、霧が晴れた先に見えたのは——
無限に積み重ねられた魔導記録群。
それは、“この世界のすべての魔術の起源”とされる、伝説の禁域だった。
そして、その中心に、虚月の核が静かに脈動していた。




