歪んだ真実
王都エリア・中央学術局。
数多の魔導士が行き交うその一角に、静かに机に向かう影があった。
臨時学府理事補佐――ナルサス=アダンティス。
魔導学府ルミナリア消失事件の際、王都へ戻っていた彼はその難を逃れており、事件について独自に調査を続けていた。
「……やはり、公式記録と一致しないな」
眼前の報告書を指でなぞる。
消失したはずの結界観測記録が、中央局の第二記録庫で“削除済み”として保管されていた。
しかもその消去権限者の名は――
「……理事長代行、ハルメス=ディラッド……か」
かつて貴族派の代表格だった男。今はその座を退いたはずの、影の実力者。
ナルサスの眉がわずかに動いた。
「セレナが……“学府を消した”だって? そんな馬鹿な話、信じられるか」
⸻
一方、王都北端。
セントレオ区の高台にある私邸に、一人の女教師が訪れていた。
フィリア=ノーチェ。魔導学府ルミナリアの上級教員。
「入ってください。ナルサス様もお待ちです」
応対した召使いに案内され、奥の書斎へ。
中ではナルサスが、魔導記録端末を指でなぞりながら、無言で頷いた。
「来てくれたか、フィリア。話が早い」
「学府の件……まだ続いてるのね」
フィリアは目を伏せる。
事件の直前、彼女もまた、調査任務で外地へ出ており、学府の消失には居合わせなかった。
「奇跡的に助かった……それでも、私は“無力だった”」
「それでも、信じているんだろう? セレナのことを」
ナルサスの問いに、フィリアは強く頷いた。
「ええ。セレナは“そういう子”じゃない。何があっても、人のために魔導を使う。それだけは絶対に」
⸻
その時、机の魔導水晶が微かに点滅した。
信頼する王都地下組織からの密通信。
ナルサスが手をかざすと、声が漏れた。
『報告。王都魔導局が“別の記録水晶”を押収。だが、それには“虚月の印”が――』
「……虚月の影か」
ナルサスとフィリアは視線を交わした。
「ついに名が出たわね……ただの噂じゃなかったのね」
“虚月の影”――王都の闇に潜む謎の組織。
正体不明、だが高位魔導士でも敵わぬ者が複数存在するとされる影の勢力。
王国史の中でも、公式記録に載ることすらない存在。
「セレナは――奴らに狙われている。いや、すでに“ぶつかっている”のかもしれない」
「ルミナリアを、虚月の影が……?」
「可能性はある。セレナだけが生き残った理由も、偶然とは思えない」
⸻
その夜。
フィリアは一人、王都の天文台を訪れていた。
そこにはかつて、生徒たちと共に魔導星図を読み解いた思い出が残っている。
満天の星々。その中で、ただ一つ――軌道を外れ、動かぬ星がある。
「“封じられた星”……」
それは、まるで学府ルミナリアの象徴のように、空にぽつりと浮かんでいた。
「――セレナ。あなたは今、何を想っているの?」
彼女の問いに、星は何も答えない。
だがその輝きだけは、かつての少女を思い出させた。
教室の誰よりも真っ直ぐで、愚直なまでに“人を救おうとした”魔導姫。
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翌朝。
ナルサスとフィリアは改めて決意を共有した。
「セレナはこの国にとって“本当の変革者”だ。だから排除された」
「なら、私たちが動かなくちゃ。過去も、真実も、正しく残すために」
王都の片隅。まだ誰も気づかない場所で、真実を信じる者たちが歩み始めていた。
その先にあるものが、たとえ“国全体”を敵に回す道だとしても――
「……かまわないわ。彼女は、私たちの希望だったのだから」