表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/52

風は未来に吹いている

魔導学府ルミナリア。

事件の爪痕は、まだ至る所に残っていた。


破損した結界石の修復、倒壊しかけた封印区画の補強、そして何より――混乱の中心にいた“セレナ=アルヴェリス”という存在を、誰もが口にするようになっていた。


だがその騒ぎから少し離れた、西塔の静かな展望回廊。

二人の教師が、遠く霞む学府の空を見つめていた。


「まさか、こんなことになっていたなんて……」


フィリア=ノーチェは、胸元を押さえるようにしながら、小さく息を吐いた。


「封印区画の魔物が目覚め、貴族派の教師たちが逃亡……。戻ってきた時には、すでに彼女が全てを鎮めた後だった」


隣に立つナルサス=アダンティスも、目を細めたまま黙っていた。


「彼女がいなければ、学府はどうなっていたことか……」


「――でも、彼女は“自分が全部やった”なんて、一言も言わなかったの」


「……ああ」


フィリアは、事件後に行われた非公式の聴取の内容を思い返していた。


セレナは、誰かを責めることもせず。

称賛されても、誇らしげに胸を張ることもなかった。


ただ、こう言ったのだ。


「皆を守れて、よかったです」


その一言が――何よりも、重く、まっすぐだった。


「私は……教師として、彼女に何を教えられるのかしら」


「同じことを、俺も考えていたよ」


ナルサスがぽつりと呟く。


「封印を破ったのは、確かに愚かな教師たちだった。だが、その“暴走”を誰よりも冷静に見極め、対処したのは――生徒だった」


「そうね。学ぶべきは、むしろ私たちの方だったのかもしれない」


「……いや、違うな」


ナルサスはふと、空を見上げた。


「俺たちは、ようやく“教えるべきもの”に出会ったんだ。魔導の本質、魔導が誰のためにあるのか。その問いに、答えを持っている生徒に」


フィリアの目に、光が宿る。


「セレナ=アルヴェリス……。きっと彼女は、“象徴”になるわ。これからの時代を変えていく、風のような存在に」


その言葉に、ナルサスはうなずいた。


「風、か。……なら、俺たちも、その風が吹きやすいように、余計な障害を取り除く役目を果たそう、今度こそ……」


「ええ。きっと、それが“教師”としての、私たちの誇りの持ち方」


風が吹いた。

魔瘴ではない、春の終わりを告げる柔らかな風が。



その頃。中庭の一角。


セレナは、咲き始めたばかりの白い花を見つめていた。


「……今年も、咲くのね。ちゃんと」


柔らかく微笑む彼女の背後に、小さな声がした。


「セレナさん!」


駆け寄ってきたのはティナ=フェルゼ。

そしてその後ろから、アレン=カイルも少し照れたように歩いてくる。


「すごかったですよ、ほんとに。今、皆がセレナさんの魔導陣の構成真似しようとしてて……学内の補習がめちゃくちゃです!」


「……あら、それはちょっと、困ったかも」


セレナは小さく笑う。


その後ろから、制服の裾をきちんと整え、姿勢を正して歩いてくる一人の少女の姿。


「失礼します、セレナ先輩……!」


整った声でぴしっと言葉をかけたのは、シィナ=ローレット。

魔導理論において学内でも頭角を現してきた彼女の瞳にも、いまや“尊敬”以上の何かが宿っていた。


「無事で……本当によかったです」


シィナは、姿勢を正したまま深く頭を下げた。


「ありがとうございます……。私……何もできなくて、でも、先輩が学府を救ってくれて……」


「落ち着いて、シィナ。顔、上げて」


セレナが優しく声をかけると、シィナはぴくっとして、頬を赤らめながら顔を上げた。


その笑顔に、アレンがぼそりと呟いた。


「……でも、皆、憧れてるよ。あの時のセレナの姿に」


「私なんて、ただ必死だっただけよ」


「それでも、あの場で立ってたのは……セレナだけだった」


ティナも頷いた。


「私たち、もっと頑張ります。セレナさんみたいに、誰かを守れる魔導士になりたいから」


「……ありがとう」


セレナは、視線を花に戻した。


(私は、追い出された。大切なものを、たくさん失った)


(それでも、今――)


「……支えてくれる人がいて、笑ってくれる人がいて、信じてくれる人がいる」


かすかに風が吹いた。

花が揺れ、日差しが差し込む。


「誇りって、きっと……奪い合うものじゃない。……支え合うものだって、今なら言える」


誰にともなく呟いた言葉が、静かに風に乗って消えていった。


――魔導学府ルミナリア。

その中庭に立つ一人の少女の姿を、誰もが記憶している。


風が吹いていた。


未来へ向かって――まっすぐに。

魔導学府編は終わりです。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ