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王都に響く名、ざわめきと焦燥

王都ベルメルシア。

中心街の一角にそびえる宮廷魔導院。そこは、才ある者だけが通う、王立の魔導機関だ。


その一室で、若い魔導士が震える手で一通の報告書を王太子に差し出していた。


「……間違いないのか?」


レオンハルト=シュトラール。王国の第一王子であり、かつてセレナの婚約者だった男。その整った顔立ちに、焦りの色が浮かぶ。


「確かに、“セレナ=アルヴェリスと思しき魔導士”が、辺境の村で盗賊団を壊滅させたとの記録が……。同行した騎士ギルバート殿も、彼女と認識したようで」


「ギルバートが、か……」


レオンハルトは報告書の束を閉じ、静かに立ち上がった。窓の向こうには、黄金に輝く王城が広がっている。だがその美しさも、今は彼の目に映らない。


──セレナ。あの無垢で、おとなしくて、少しばかり空気の読めない少女。


婚約破棄を突きつけた日。あのとき、彼女はただ静かに頭を下げていた。悔しさも、怒りも見せず。

だから、終わったと思っていたのだ。


「彼女の魔力は……元より高かったが、そこまでの実力があったとは思えない」


「ですが、辺境とはいえ……騎士団でも手を焼いた盗賊団を、一夜で……」


「ふざけるな……!」


机が叩かれた。報告書が宙に舞い、書簡が床に散らばる。


「俺は……俺は、あいつを“守ってやった”つもりだった……!」


レオンハルトの唇がわなないた。


──政略のために、ミリアンヌとの婚約が必要だった。

──セレナの気質では、王妃としての務めは果たせまいと、周囲も言っていた。


だが──それでも、どこかで「自分が選ばれる」と思っていた。

最後の瞬間まで、セレナが泣いて縋ると思っていた。


「“ざまぁ”……か」


レオンハルトは、ぽつりと呟いた。

その言葉は、皮肉のように彼の胸に突き刺さった。



「セレナが? そんな、馬鹿な……!」


王都の社交界──ミリアンヌ=ロシュフォードの私室に、その知らせは届いていた。


彼女は今や、王太子妃候補の筆頭。優雅なドレスに身を包み、取り巻きたちに囲まれていたが──その笑みは一瞬で凍りついた。


「“辺境で、魔導士として活躍”? “盗賊団を一夜で制圧”? そんなはず……あの子にそんな力なんて……!」


嫉妬という感情が、彼女の胸を締めつけた。


「セレナは……あたしの“引き立て役”だったはずよ。鈍くさくて、気の利かない、ただの令嬢。なのに……なぜ?」


ミリアンヌは鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。


──王妃になるのは、自分だ。

──王都で最も称えられるべきは、この私。


その確信が、揺らぐ。

あの“静かな”セレナの顔が、何度も脳裏をよぎる。


「……まさか、私に黙って……力を隠していたっていうの?」


だとすれば──屈辱だ。許せるはずがない。

ミリアンヌの爪が、鏡の縁を強く引っかいた。


「探して……あの女の居場所を突き止めて。私の名を、王都で笑いものにする気なら──その代償を払わせてあげるわ」



その夜。王都の空に、無数の使い魔が飛んでいく。

セレナ=アルヴェリスの名は、王都全域へと広がり、皮肉と噂と、そして恐れを巻き起こしていく。


そしてその中心にいる当人──セレナ本人はというと、辺境の星空の下で、焚き火を囲む村の子どもたちと笑っていた。


「姫さま、また魔法見せてー!」


「だから、姫じゃありませんってば。……ほら、ほら、炎が鳥になりますよ」


手のひらの炎が形を変え、オレンジ色の鳥が羽ばたく。


“この温もりを守る”

“そして、王都のあの連中を見返す”


静かな復讐は、まだ始まったばかりだった。


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