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開かれた禁忌

魔導学府ルミナリアの深層、封印区画。


かつて王都から“管理困難級”とされた魔物たちが送られ、結界の中で静かに眠っていたその場所に、異変が生じていた。


封印の維持管理を担うのは、封印魔導科の担当教授――ベルトロ=ハウスナー。


その顔は、いつになく焦燥に満ちていた。


「ち、違う……こんなはずでは……!」


手元の封印盤。そこに記録されたはずの調整ログが、暴走した魔力により上書きされ、証拠の一切が消えかけている。


彼が行ったのは、“セレナ=アルヴェリスの排除”のための小細工。

封印結界の一部に魔力干渉の“誤差”を生じさせ、あくまで「自然な事故」と見せかけるはずだった。


だが。


魔力の流れは暴走を越えて“汚染”へと転じ、封印の奥――瘴気の中で蠢いていた魔物たちが、次々と覚醒を始めてしまったのだ。


「こんな……馬鹿な……!」


地鳴りのような咆哮。

赤黒く染まる空間。

異形の魔物が次々と封印から姿を現すその光景に、ベルトロはすでに制御を諦めていた。


そして――その時だった。


《限定展開式・霧封陣――四重交差》


低く澄んだ音とともに、空間の一角に霧が展開された。


風の流れが変わり、結界の隙間から侵入した魔物の進行が一時止まる。


「……っ!? 誰だ……!?」


振り向いた先、淡く光る霧の陣を背にして立っていたのは――


「……セレナ=アルヴェリス……ッ!」


冷たい瞳が、彼を見据えていた。


「どうして……ここに……!」


「あなたが仕掛けたのなら、見届けるべきだと思って」


セレナは静かに答える。


魔瘴の濃度、術式の歪み、結界の乱れ――その全てが、“誰かの意図的な干渉”を示していた。


「……最初から、事故なんかじゃなかった。こんなことして、何を得たかったの?」


「お前の、魔導の評価を落とすためだ……っ!」


ついに口走ってしまったベルトロに、セレナは一歩近づいた。


「……そんなくだらないことで、こんな惨事を?」


「くだらなくなど……ない! 俺たちの秩序が、血統が、脅かされているんだ……!」


その言葉はもはや叫びに近かった。


だがセレナは、そんな彼を一瞥して言う。


「……だったら、あなたの“秩序”は、今もあなたを護ってくれてるの?」


「な……に……?」


「あなたの誇りは、逃げることなの?」


セレナが視線を上げた瞬間――封印区画の奥で、**“それ”**は動いた。


巨大な骨のような胴体に、瘴気で膨張した複眼。


“魔瘴喰らい”。

瘴気そのものを糧とし、同族を喰らいながら進化を続ける魔物の頂点。


(……ダメ。このままじゃ、封印区画ごと崩れる)


セレナは素早く腰の魔導具に手を伸ばし、空間座標を重ねた複数陣を描いた。


「来なさい。“辺境”の名に懸けて、私が止める」


その瞬間、彼女の足元に光の紋章が浮かび上がる。


《霧刃障壁・双層展開》


構築と同時に、霧の刃が回転し、魔物の一部を切り裂く。瘴気が削ぎ落とされ、わずかに進行が鈍った。


「くっ、化け物が……!」


ベルトロは錯乱しながら背を向けて逃げ出した。


――その背に、セレナは言葉を投げかけない。ただ一人、魔物の前に立ちはだかる。



地上では、すでに生徒たちが混乱の渦中にいた。


《警戒警報――封印区画より魔力反応複数検出。生徒は至急避難を――》


結界の一部が破られ、廊下や講堂に魔瘴が滲み出してくる。


アレン=カイルは、生徒を背に立ち、魔導盤を展開していた。


「ティナ、こっちは頼む!」


「うん、任せて!」


ティナ=フェルゼの展開した結界魔法が、瘴気を押し返す。


「アレンくん、霧の波動が届いてる……!」


「セレナが、戦ってるってことだな」


その声に応えるように、頭上から爆発的な風圧とともに魔瘴の霧が一斉に消し飛ぶ。


――霧陣による局地制御。セレナの魔導だった。



その頃、学府裏の研究棟に潜んでいた貴族派の教師たちは、焦燥を極めていた。


「ど、どうする……!? こんな魔物、封印できるわけが……!」


「せ、責任は……セレナに押しつけ……! あいつが封印を――!」


「……その言い訳、私が信じると思ってるの?」


現れたのは、血と魔瘴にまみれながらも凛然と立つセレナだった。


霧を纏いながら、ゆっくりと歩み寄るその姿は、まるで“断罪”のようだった。


「言い訳を重ねて、逃げることが“誇り”だと言うのなら、せいぜい堂々と逃げなさい」


「……っ!」


教師たちの口がつぐまれ、誰も言葉を返せなかった。


セレナは踵を返し、再び魔物が暴れ回る封印区画へと戻っていく。


その背を、誰もが言葉を失って見送るしかなかった。


(私が、止める――。この場所を、守る)


それが、“辺境の魔導姫”が選んだ誇りの形だった。

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