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暗躍と想定外

魔導学府ルミナリアの深層に広がる地下封印区画――

そこはかつて、王都より運ばれた“管理困難級”の魔物が封印された場所だった。

名目上は「理論研究のため」、実態は王都の厄介払い。その多くが今も眠りについている。


封印の維持と監視を担うのは、封印魔導科の担当教員、ベルトロ=ハウスナー。

頬に痩けた皺を刻みながら、今日も無表情に結界盤を確認する。


「……愚かなものだ。貴族制度を脅かす者に、教育の場は不要だというのに」


その独白は、セレナ=アルヴェリスを指していた。

辺境出身。元侯爵令嬢。だが今は貴族の庇護を拒み、己の魔導だけで道を切り拓こうとする“問題児”。


「貴族の“血”を否定する者が、なぜ称賛されている……。秩序を崩す女め」


彼は手元の封印制御盤に小細工を仕掛ける。

封印の“調整エラー”が起きるよう魔力干渉のタイムラグを意図的に生じさせ、魔物を暴走させる算段だ。


(混乱が起きれば、責任は“強大な魔力を持つ生徒”に向く。奴に押しつける口実などいくらでもある)


全ては事故として処理される。

それが、彼ら貴族派教師がセレナを“合法的に”排除するための計画だった。



その日の午後。学府では生徒たちが自由時間に入り、校舎は穏やかな雰囲気に包まれていた。


セレナは中庭のベンチで、一冊の魔導書を開いていた。

内容は、最近導入された新しい魔導補助陣に関する学術書。


(……この術式、構成がわざと複雑にされてる。意図的に初学者を混乱させるような……)


そう気づき、思わずため息をつく。


「また“伝統魔導”の系譜ってやつかしらね。こんなの、現場で使えないのに」


その時――


「セレナさん!」


駆け寄ってきたのは、実習仲間の少女ティナ=フェルゼ。

今日も元気いっぱいで、小柄な身体に魔導具の鞄を背負っていた。


「研究補助の件、承認されたみたいですよ!アレンくんも今、資料庫の準備をしてるって!」


「うん、ありがとう。あとで顔出すわ」


笑顔で応じながらも、セレナの眉はわずかに寄っていた。


(……魔力の流れが、どこかおかしい)


周囲の空気の“重さ”、それはセレナが辺境で魔導を磨く中で覚えた“異常の予兆”だった。


(この感覚……魔瘴? でも、これはもっと深くから……)


立ち上がろうとしたその瞬間。


――ズンッ、と足元から重低音の震動が響く。


ティナが顔を上げた。「な、何の音……?」


直後、学府全体を覆う魔導結界に赤い警告の文様が走った。


《警戒警報――封印区画、異常反応確認。高位魔物反応を複数検出》


「……まさか……!」


セレナは瞬時に思考を巡らせる。


封印区画が暴れ出したなど、通常ではあり得ない。

だが、これは――「誰かの意思」がなければ起きえない事故。


(このタイミング。誰かが……わざと)


「ティナ、避難誘導お願い。私は地下に行くわ」


「セレナさん!? 危ないですよ、今は……!」


「だから、行くの。――私は、もう逃げないって決めたから」


それは、かつて全てを失い、それでも立ち上がった“辺境の魔導姫”の、覚悟の言葉だった。



地下通路を駆け抜けるセレナの足音が、石壁に響く。


封印区画の門が、ひとりでに軋むように開いていた。

その奥から、紫黒の瘴気がじわじわと漏れ出している。


「――……間に合って」


セレナは静かに息を吸い、懐から霧の魔導具を取り出した。


「……辺境で学んだの。こういう時に、大切なのは“速さ”より“正確さ”」


魔導陣が空中に広がり、彼女の手元から淡い霧が展開されていく。


《限定展開式・霧封陣――四重交差》


術式が発動する瞬間、突如奥からうなり声が響いた。


闇の中に蠢く巨大な影――

複数の眼を持ち、膨れた体躯を這わせる“魔瘴喰らい”。


セレナは一歩も退かず、その目をまっすぐに見据えた。


「だったら、来なさい。あなたたちの“混乱”なんて、私がまとめて――封じてあげる」



その頃、貴族派の教師たちは裏手の研究塔に集まり、息を潜めていた。


「……まさか本当に、ここまでの魔物が目覚めるとは」


「クッ、セレナの魔力が封印区画に干渉した可能性があると言い張れ。証拠などない」


「だが、逃げられるのか……? あの娘の魔導、我々とは格が違うぞ……」


――焦燥と怯え。

牙を剥いたのは、もはや魔物だけではない

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