貫く者
魔導学府ルミナリア――中庭の円形劇場。
そこは本来、模擬裁判や公開討論の場として用いられる“教育のための施設”だった。
だが今日ばかりは、違った空気が流れていた。
模擬審問劇『魔導と責任倫理』。
その被審問者として名を挙げられたのは――
セレナ=アルヴェリス。
元侯爵令嬢。王都から“政治的”に追放された過去を持ち、辺境にて突如として強大な魔導を開花させ、今や学府内で強烈な存在感を放つ少女。
明らかに、“見せしめ”を意図した審問劇だった。
壇上に立つのは、上級講師ヴォルク=ラズフェル。
元副学長派で、保守的貴族思想の論者として知られる人物。
「では始めよう。セレナ=アルヴェリス君――君は、かつて王都の地において、“非正規な魔導行使”を行い、混乱を引き起こしたという噂がある。これについて、弁明はあるか?」
ざわめきが広がる。だが、セレナは眉一つ動かさず、静かに口を開いた。
「事実ではありません。私は王都にいた頃、魔導を扱ってもおらず、何かを混乱させた覚えもありません」
「だが、その後――辺境で突如として“強大な魔導”を手にし、王都の要職者を撃退したという記録がある。これは“力による体制批判”と捉えられても仕方ないのでは?」
セレナは、わずかに目を細める。
「私が戦ったのは、“力によって人を支配しようとした者たち”です。私が魔導を得たのは、誰かを屈服させるためではなく、守るためでした」
「――君の“守りたいもの”は、王都の法と秩序よりも上にあると?」
「もし“秩序”が一部の者による“独占”であるなら――私の答えは、はい、です」
場内に緊張が走る。
ティナ=フェルゼは椅子を握りしめ、アレン=カイルが隣で呟いた。
「……これ、模擬劇って体裁だろ。中身、完全に私刑じゃねぇか」
観客席の一角、フィリア=ノーチェは眉をひそめながら睨みつけていた。
(……やっぱりね。セレナを“学府の悪”に仕立てたいのよ)
だがセレナは怯まない。
「講師殿。私に“倫理”を説くのなら、問いましょう。王都で貴族たちが、私に“処分”の署名をしたとき――それは倫理に適っていたのですか?」
ラズフェルの顔が強張る。
「……それは――」
「“強くなった私”が今、こうして皆さんの前に立っていることこそが、あの“処分”が誤りだった証拠です」
その言葉に、観客席から拍手が起こる。
「セレナ先輩、かっこいい!」
「言ってやれー!」
ラズフェルの顔が引きつる。
「……たとえそうであっても。貴族社会には“秩序”というものがある!」
「ええ、ありますね。“都合のいい秩序”が」
セレナは壇上に立ち、堂々と群衆を見渡す。
「でも、それに縛られ続けたら、魔導はただの道具です。私は、それを変えるためにここにいます」
沈黙。
やがて、ラズフェルが敵意を剥き出しに口を開く。
「ならば証明してもらおうか? 君の“正しさ”とやらを」
「証明は、もう済んでいるわ」
セレナは、彼に微笑を向ける。
「ここに、私がいる。それが、答えよ」
***
その夜。
フィリア=ノーチェは、学府長代理に密かに報告を上げていた。
「彼女は、やはり“学府に必要な存在”です。保守派の攻撃は、今後さらに激しくなるでしょう」
「……だが、それだけ彼女が“変化の核”になっている証拠だな」
理事長代行が小さく頷く。
(王都が、再び牙を剥くのも時間の問題か……)
フィリアの視線は、遠くにある“魔導の未来”を見据えていた。