狙われた魔導姫
夜の魔導学府ルミナリア。
静まり返った図書塔の最上階――そこは、セレナ・アルヴェリスがひとり思索にふける場所となっていた。
机の上には、数冊の古い魔導書と、未完成の補助術式の設計図。
(……補助陣の安定性は増してきた。あとは実戦での適用が鍵ね)
だが――思考の端に、別の疑念が滲む。
(最近、学院内の視線が少し変わってきている……私を“正面から敵視”するものと、“試すように見つめる”もの)
貴族派の陰謀。
そして、教師・ナルサス=アダンティスの視線。
それらはすでに表面化しつつあった“変革”の前触れだった。
「……面倒なことになりそうね」
小さくつぶやいたその時――
「やっぱりここにいたか、セレナ」
ふいに聞こえた声に顔を上げると、そこに立っていたのは――アレン=カイルだった。
「アレン。どうかしたの?」
「これ……届け物。研究室の補助依頼書だって」
セレナは微笑んで受け取る。
「ありがとう。こんな時間まで、ごめんね」
「……俺、なんとなく、来た方がいい気がして」
彼は少し迷いながら、続けた。
「今日、聞いちゃったんだ。別の教師たちが話してた。“セレナの処分に関与していた一部の貴族が、今も院内で影響力を残している”って」
セレナの瞳がわずかに細められる。
「そう。やっぱり根は深いわね……ヴェルディ副学長を更迭しただけで、すべてが終わるとは思っていなかったけれど」
「俺……何があっても、味方でいたい」
アレンの言葉に、セレナはゆっくりと立ち上がった。
そして、窓から夜空を見上げる。
「ありがとう、アレン。でも――これからは、もっと大きな流れが動くわ。私が何をして、何を信じるかで、多くの人の運命が揺れる」
「……それでも、ついていきたい。セレナの魔導が……俺の希望だから」
セレナは、そっと振り返った。
その表情はどこまでも静かで――そして、確固たる強さを宿していた。
「……なら、私が負けない姿を、ちゃんと見てて」
アレンは、真剣な眼差しで頷いた。
***
翌日――
魔導学府ルミナリアの講義棟に、新しい貼り紙が出されていた。
【特別課題:模擬審問劇の実施】
“魔導犯罪と倫理”を題材とした討論型演習。
被審問者役は、セレナ・アルヴェリス。
――貴族派の残党によって、仕組まれた“公開裁判ごっこ”だった。
講義と称し、生徒たちの前で“辺境出身の魔導師”を吊し上げる構図。
だが――
「へぇ。私を“悪役”に仕立てるつもり?」
セレナは、掲示を見ながら涼しい顔で笑った。
背後にはティナ=フェルゼ、そして教師であるフィリア=ノーチェの姿もある。
「セレナ、これは明らかに意図的な……!」
「落ち着いて。むしろ好都合よ。“私の在り方”を、はっきりと見せてあげる」
ティナは驚きながらも、その強さに息をのむ。
(この人は……本当に“折れない”)
***
その夜。
すでに副学長が更迭された後の、空き部屋となった旧執務室の片隅。
かつての副学長派と目されていた講師たちが、密やかに集っていた。
「新体制の目が厳しい……表立った動きは、もはやできん」
「それでも――“辺境の魔導姫”を放っておけば、いずれ我々の権威は崩れる」
その中で、ひとり静かに立ち上がった男。
――上級講師、ヴォルク=ラズフェル。
「ならば、私が動こう。次の審問劇……その“舞台”で、あの娘の真価を見極める」