招かざる再会
春風が緩やかに吹き抜ける魔導学府ルミナリアの中庭。
副学長の粛清から数日が経ち、学府内は一時の静けさを取り戻していた。
その日、セレナ=アルヴェリスは、朝の講義に向かうために白壁の講義棟へと歩いていた。
(……新任教師の着任。内部通達で見た名前には、見覚えがなかったけれど)
事前に貼り出された掲示板には、新たな魔導史担当講師の就任が告げられていた。
「セレナ!」
小走りに駆けてくるのは、仲良くなった後輩――ティナ=フェルゼ。
「今日から新しい先生よね! どんな人かな〜? 若かったりして?」
「さぁ、どうかしら。見た目に騙されないようにしないとね」
セレナは微笑みながらも、どこか胸の奥に引っかかるものを感じていた。
***
講義室に入ったセレナとティナは、空いている席に腰掛けた。
ざわつく教室。生徒たちの視線は前方へと集中していた。
そして、時間ぴったりに扉が開く。
コツコツ……と規則正しい足音。現れたのは、まだ若いが冷静さを漂わせた黒髪の男だった。
彼の名は――
「初めまして、今日から魔導史の講義を担当する、ナルサス=アダンティスと申します」
その瞬間、セレナの瞳がわずかに揺れた。
(……どうして、彼が)
目の前に立つ男――ナルサス=アダンティスは、かつてセレナの実家であるアルヴェリス家に仕えていた、元・近侍。
セレナの追放が決まったあの日、最後まで何も言わず姿を消した人物だった。
「本日は導入として、“魔導制度と貴族の関係史”について話そうと思う。……少し、生臭い話になるかもしれないがね」
黒板に魔導王国の系譜図を描きながら、ナルサスは淡々と講義を進めていく。
その話しぶりは冷静で、理路整然。だが、時折――あまりにも“鋭い”視線がセレナへと向けられていた。
(……気づいている。私がここにいることを、知っていた)
セレナは目を伏せたまま、ペンを握りしめた。
***
講義が終わった直後。
「セレナ。少し、いいか?」
静かに告げられた一言に、セレナは肩をすくめた。
周囲の生徒が興味津々に見守る中、セレナは頷き、教師控室へと歩いた。
扉を閉めた瞬間、ナルサスが低い声で言った。
「……まさか、君がここにいるとはな」
「私も。あなたが学府に来るとは思ってなかった」
沈黙が流れる。
やがて、ナルサスは少しだけ息を吐いた。
「“あの日”……お前の処分命令が出たとき、俺は何もできなかった」
「知ってたんでしょ? 誰が命じたか、どんな経緯だったのか」
「……知っていた。だが、声を上げたら、俺も“処分”される側だった。あの頃の俺には、まだ守るものがあって――」
「あなたは私を見捨てた。それだけのことよ」
セレナの瞳は、凍るように冷たかった。
ナルサスは少しだけ目を伏せた。
「……変わったな、お前」
「変えられたの。王都じゃない、“ここ”で」
セレナの声には、一切の迷いがなかった。
「魔導が“誰のためにあるか”を教えてくれた人たちがいた。……だから、私はもう、二度と踏みにじられたくないの」
ナルサスは、黙って頷いた。
そして――まるで、何かを確かめるように問いかける。
「……それでも、もし俺が“お前の敵”になったら?」
「そのときは……魔導で、あなたを止めるわ」
***
夕暮れの中庭。
控室を出てきたセレナを、アレン=カイルが待っていた。
「なんか……顔、怖ぇぞ」
「そうかしら?」
「まぁ、ちょっと凛々しくなったって言えば、そうかもだけど」
「……ありがと」
セレナは微笑む。
(再び、過去が動き始める予感。だけど――今の私は、もう負けない)
その胸の奥で、静かに魔力が脈打っていた。