粛正の時、真実の重さ
魔導学府ルミナリアの朝。
講義を終えたセレナ=アルヴェリスは、学舎裏の書庫に向かっていた。古びた階段を降りると、そこには既にアレン=カイルが待っていた。
「……本当にこれ、副学長の不正の証拠なのか?」
彼が手にしているのは、セレナが整理中に発見し写し取った研究費流用の記録。
細かい改竄の痕跡、存在しない器具の購入記録、私的な転用――どれも一見ではわからないが、魔導補助研究の経験を積んだアレンには見抜けた。
「ええ。あなたが拾い上げた記録は確かなものよ。私も別のルートから一致する数字を照合してあるわ」
「……マジかよ、あの副学長が……」
アレンは小さく息を吐く。
だがその横顔には、怒りよりも冷静な覚悟が宿っていた。
「それで、どうすんだ? これをどこに持ってく?」
「――内部監査官に渡した。リオ=ラストリス、学府の表と裏の両方に繋がりがある人。調査はもう始まってるわ」
「……だったら、俺はもう関わらなくていいのか?」
「いいえ、むしろここからが“本番”よ。あなたが副学長の命令で書類を整理していた証言が必要になる。私も、責任は共に背負うわ」
セレナはそう言って微笑んだ。
アレンは少しだけ視線を逸らしながらも、口元に力を込めて頷いた。
「……わかった。とことんやってやろうぜ」
***
数日後。
学府講堂にて、異例の“緊急聴聞会”が開かれた。
出席したのは、学府の理事たち、上位教員、そして――副学長ヴェルディ=アウステル本人。
中央演壇に立つのは、監査官リオ=ラストリス。
その隣には、証人としてアレン=カイル、補佐としてセレナ=アルヴェリスの姿があった。
「副学長殿。ここに提示された複数の記録――三期にわたる研究費の不明瞭な支出、及び領収書類の偽装。この件について、どう釈明されますか?」
リオの声は静かだが、冷ややかだった。
「そのような記録が事実であると、どうして断定できるのか! 証拠など、いくらでも捏造は可能だ!」
「では、こちらの音声記録も“捏造”と?」
リオが手を挙げると、魔導録音石が作動し、ヴェルディの声が流れ始めた。
「余った分をうまく回しておけ。少額なら報告には回らん」
「あの補助員には適当に帳簿でも渡しておけばいい」
場内がざわめいた。
証人席に座るアレンが、僅かに唇を噛みしめる。
「副学長、音声はあなたが部下に指示したもの。証人の証言と照らし合わせ、魔導録音の時刻も一致しています。加えて、三件の帳簿改竄。これらが偶然の一致だと?」
沈黙。
やがて、ヴェルディは唇を震わせ、吐き捨てるように言った。
「……貴様、はじめから仕組んでいたな」
「ええ、そうよ」
舞台袖から、ゆっくりと歩み出るセレナの姿に、再びざわめきが起こる。
「私は“辺境の魔導姫”――そして、あなたが調べた通り追放を命じられた元侯爵令嬢、セレナ=アルヴェリス」
その名が響いた瞬間、会場の空気が一変する。
「“魔導を私物化する者”を、私は許さない」
セレナの声は、澄んでいた。怒りも、悲しみも、すべて呑み込んだ強さがそこにあった。
「あなたは、学ぶ者の未来を、欺いた。魔導の誇りを穢した」
「貴様ごときに何が……!」
「――今、証明されたでしょう? これが、あなたの“末路”よ」
リオが手を挙げ、魔導鎖が副学長の両手を拘束する。
「くっ! 無礼だぞ! 離せ! 何が“魔導を私物化する者”を許さない、だ! 貴様が許せないのは自身に仇なす者だろう!? 綺麗事を並べるな!この狂人が!」
その言葉に一瞬だけセレナの表情は強張ったが、すぐに冷徹に言葉を紡ぐ。
「さようなら、ヴェルディ=アウステル副学長」
「くそぉぉぉぉぉ!!」
抵抗も虚しく、ヴェルディ=アウステルは学府から“追放”された。
***
その日の夕暮れ。
セレナとアレンは、校舎裏の石段に並んで腰を下ろしていた。
「……すげぇな、お前。ほんとにあの副学長を追い出しちまった」
「私じゃないわ。あなたが最初に声を上げたから」
「……ま、俺も少しはスッとしたよ」
アレンは照れたように笑い、帽子を深くかぶる。
セレナは空を見上げて、小さく呟いた。
「……これで、少しは“まっとうな魔導”に近づけたかしらね」
(でも、まだ終わりじゃない)
その瞳には、まだ消えぬ決意の炎が灯っていた。




