王都からの騎士様と、最初のざまぁ
辺境の村・オルトレアに平穏が戻った三日後。
朝靄のなか、村の外れに一台の馬車が止まった。
白銀の鎧に身を包んだ若き騎士が、馬車から降り立つ。金髪に整った顔立ち。鼻筋の通った横顔には、自信と傲慢が滲んでいる。
「ふん、やはり辺境は……空気すらも淀んでいるな」
彼の名は──ギルバート=ウェイン。王国騎士団所属、将来を嘱望される若きエリート。
そしてかつて、王都でセレナを“陰湿に”嘲笑った男の一人。
──「婚約破棄された上に追放ですか。ご愁傷様。まあ、あれだけ“才気あるミリアンヌ様”と比べられては無理もありませんが」
その言葉が、セレナの記憶から消えることはなかった。
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「貴殿、旅の者か?」
ギルバートは広場で井戸水を汲んでいたセレナに気づき、声をかけた。
「……まあ、似たようなものです」
「ふん。下民にしては礼儀があるな。王都では、そういうのを“育ちが良い”と言う」
「それは光栄ですわね」
セレナは微笑んだ。その声の調子に、ギルバートは気づかない。どこか懐かしさを覚えても、彼の頭に浮かぶはずもない。
「この村で盗賊団の鎮圧があったと聞いた。何者かが彼らを一夜にして無力化したとか」
「ええ、その通りです」
「騎士団でさえ苦戦した賊を……信じがたい。魔法によるものと聞くが、辺境にそんな術師がいるとは。まさか、“神の使い”などと信じているわけではあるまいな?」
「それはどうでしょう。ご自身で確かめてみては?」
セレナは微笑みを浮かべながら、村の広場を指差した。
そこには、今や村人たちの手で作られた“魔法の証拠”が残っていた。氷の柱に囚われた盗賊の一部は、王都への引き渡しのために拘束されたまま。
「……この術式。高度すぎる……まさか、本当に辺境に?」
ギルバートの眉がひそめられる。だが、そんな彼に、村の子どもが駆け寄ってきた。
「ねぇ、お姉ちゃん!また魔法で浮かせてー!」
「今はお客さんがいるから、あとでね」
セレナが優しく笑うと、子どもは楽しそうに走り去っていった。
それを見て、ギルバートが僅かに目を細めた。
「ふむ……妙に親しまれているようだな。君、名は?」
セレナは、その質問に少しだけ間を置いて答えた。
「──セレナ。セレナ=アルヴェリスです」
ギルバートの顔色が変わる。
「……アルヴェリス? 侯爵家の……? まさか」
「ええ、その“まさか”です」
目を見開くギルバートの前で、セレナは静かに立ち上がった。
まるで何もかも見通していたように。
「あなたが王都で“あれほど親切に”接してくださったこと、忘れてなどいません」
「ま、待て。君があのセレナ……? しかし、追放されたはず……王都では……」
「“ざまぁ”って言葉、ご存じかしら?」
ギルバートが言葉を失ったその瞬間。空が震える。
セレナの指先がそっと光を帯びると、彼女の背後に浮かび上がったのは美しい魔法陣。
「ちょっとだけ、あなたの“威厳”をお借りするわね。王都の騎士様」
一瞬のうちに、ギルバートの鎧が“ふわり”と浮いた。
鎧だけが空中でひっくり返り、彼の体から剥がれるように脱げる──そんな滑稽な光景に、村の子どもたちが笑い声を上げた。
「きゃはは! 騎士様、空飛んだー!」
「な、なにをするかっ!」
「“魔法の危険性”をご理解いただくための、ちょっとした演出です。ご安心を。傷一つ、つけてはいません」
ギルバートは顔を真っ赤にして、散らばった鎧をかき集める。だがその背中に、セレナは静かに囁いた。
「今度、王都で会ったら──“私を見下すことが”どれほど愚かなことか、改めて教えて差し上げますわ」
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その日の報告書。
「辺境の村に謎の高位魔導士あり」「旧侯爵令嬢セレナと酷似」といった記述は、王都に波紋を広げることとなる。
ギルバートは報告の最後にこう記していた。
“彼女は、確かにあのセレナ=アルヴェリスだった。だが……もはや私の知る彼女ではない。あれは、化け物だ”
王太子レオンハルトの机にその報告が届くのは、もう少し先の話である。