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背中を見て、歩く

学府街──


春の陽射しが穏やかに降り注ぐ午後。

魔導学府ルミナリアでは、課外授業として市民支援を目的とした「街実習」が行われていた。


施設の修繕、魔導具の調整、生活相談──

学んだ魔導理論を“人の暮らし”に活かすこの実習は、ルミナリアならではの理念に基づいたものだ。


「セレナ先輩っ! お待たせしましたっ!」


制服の裾を揺らして駆けてきたのは、赤毛の女子生徒。

元気いっぱいの新入生、一般科一年のシィナ=ローレットだ。


「そんなに急がなくてもいいのに」


「で、でもっ! 今日はわたしが案内役なのでっ!」


シィナの前に立っていたのは、銀髪の少女──セレナ=アルヴェリス。

貴族から平民へと身を落とした、元侯爵家の令嬢。

その正体は、数日前の“騒動”で学内に知れ渡ってしまった。


──だが。


だからといって、セレナの評価が変わることはなかった。

むしろ彼女の“真っ直ぐさ”は、ますます人々の目に映るようになっていた。


「はい、じゃあ案内お願いね」


「任せてくださいっ!」



今日の実習先は、西部にある魔導支援センター。

義肢や生活補助具を必要とする市民の支援を行う公共施設だ。


道中、シィナはちらりとセレナを見上げて口を開く。


「あの……セレナ先輩って、ほんとは貴族だったのに、どうして一般科に?」


「……よく聞かれる質問ね」


セレナは少しだけ足を止め、風に揺れる髪を押さえながら言った。


「たしかに、私は“貴族ではなくなった”わ。でも、それは自分で選んだわけじゃない。──私に与えられた、ただの結果よ」


「……」


「でもね。どう生きるかは、今の私が選べる。

たとえば、誰かの役に立つことを、まっすぐ信じて実行すること。

それなら、どんな立場であっても関係ない──そう思ってる」


シィナは言葉を失ったまま、尊敬のこもった目でセレナを見つめる。


「だから私は、ここにいるの。今できることを、精一杯やるために」


「……すごい、です。やっぱり……すごいなぁ」


「ふふ、そんなことないわ。じゃあ、そろそろ行きましょうか」



施設の中庭では、小さな子どもたちが魔導補助具を使って遊んでいた。


ふと、その中の一人が転んで泣きそうな顔をしているのをセレナが見つける。


「うまく動かない……いたい……」


「ちょっと見せて?」


しゃがんだセレナは、子どもの義足の接合部分を見て小さく頷いた。


「……魔力の流れが偏ってるのね。直してあげる」


指先から柔らかな魔力が流れ、補助具の回路をやさしく調整していく。


「これで大丈夫。もう一度、ゆっくり立ってみて?」


「……うんっ! あ……動いた! ありがとう、お姉ちゃん!」


「ふふ。よかったわね」


シィナはその様子を見ながら、静かに拳を握りしめた。


(私も、いつか……)



実習が終わった帰り道。

夕焼けが街並みを茜色に染める。


「セレナ先輩……」


「何かしら?」


「わたし……いつか、先輩みたいになりたいです。誰かの力になれる人になりたい」


セレナは静かに微笑む。


「……“誰かのため”に立ちたいって思えるなら、きっとなれるわ。あとは、それを信じて歩けるかどうかだけ」


「はいっ!」


しばらく無言で並んで歩いた後、シィナが紙袋を差し出した。


「これ……ささやかな、お礼です。アップルパイ。買ったやつですけど……甘いもの、お好きですか?」


セレナは少し驚いた顔をして、そしてやわらかく笑った。


「ええ、嫌いじゃないわ。ありがとう」


「よ、よかった〜……!」


(……本当に素敵な人だな。強くて、優しくて、でも嘘をつかない)


夕日に照らされたセレナの背中を、シィナはまっすぐ見つめながら、静かに思った。


(いつか、あの背中に並べるように──私も、頑張ろう)

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