表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/52

セレナへの依頼

新緑が風に揺れる朝、魔導学府ルミナリアでは、今年度の編入生たちによる実技選抜試験が行われていた。


「次、セレナ=アルヴェリス。前へ」


名を呼ばれた少女は、ゆっくりと歩を進める。


白銀の髪、深い蒼の瞳。小柄な体躯に纏うのは、質素ながら丁寧に繕われた制服。


彼女を見て、周囲の生徒たちはひそひそと噂を囁き合う。


「ねえ、あれが噂の“辺境の魔導姫”?」

「王都で侯爵家を潰したって話、ホントかな……」

「でもただの田舎者でしょ? 魔導家系の生まれでもないし」


冷ややかな視線が、セレナを突き刺す。

だが、彼女の表情は一切揺れなかった。



遡ること数日前――セレナが入学の手続きを終えた直後、彼女は理事長代行・フェリオ=ウィルドに招かれ、学府の奥深くにある書斎へと通された。


「ようこそ、セレナ=アルヴェリスさん。君がこの学府に来てくれて、嬉しく思いますよ」


理知的な眼鏡の奥から、落ち着いた視線が注がれる。

それに対し、セレナは率直に問うた。


「どうして私を? 特待でもない、推薦状も持たない私を、特例で受け入れる理由は何ですか」


フェリオは、デスクの上の古い羊皮紙を指で撫でながら答えた。


「この学府には、“外からの目”が必要だったのです。名門、家柄、血統……そうした“古き縛り”が学び舎の中にも蔓延し、学問と技術の成長を鈍らせている。それを打破できるのは、血筋に頼らず、己の力でのし上がってきた君のような存在だと、私は考えている」


「……改革を望んで?」


「ええ。私は理事長“代行”にすぎません。真の理事長は病を患っており、長らく公務を退いています。その間、保守派貴族の影響力が増しているのが現実です。君には、学府内に新しい風を吹き込んでほしい」


セレナは、静かに口元を結び、言った。


「もしその風が“嵐”になったとしても、責任は取ってもらえますか?」


「もちろん。だが、私は嵐を恐れていません。腐った枝葉は、一度すべて吹き飛ばされるべきだと、そう思っています」


数秒の沈黙ののち、セレナは微かに笑った。


「……では、風になってみせましょう。少しばかり、荒っぽいかもしれませんが」




実技試験。セレナの対戦相手は、侯爵家の血を引くと豪語する少女、マリーベル=ロレットだった。


薄紫の髪を巻き上げた美貌の令嬢。白手袋に口元を添え、鼻で笑うようにセレナを見下す。


「まあ……こんな粗野な辺境娘と戦わされるなんて、学府も人材不足なのかしら」


「そういう口の利き方が染み付いてるあたり、教育に問題があるのはどちらかしらね」


セレナは困ったように肩をすくめ、少女に向き直る。


「あなた、もしかして自分の価値を“血筋”でしか測れないの?」


「当然でしょう? それこそがこの国の本質――伝統というものよ。下々の者にはわからないでしょうけど」


「なるほど、“困ったちゃん”だわ」


セレナは静かに杖を構え、微笑んだ。


「そういう子ほど、こっちで矯正しなきゃね」


審判が号令をかけると同時に、マリーベルは光の魔法陣を展開した。貴族家系に伝わる“王光流魔法”。だがセレナは、焦ることなく淡い霧の魔力を周囲に解き放つ。


「霧結界……?」


「光って、拡散すれば弱くなるのよ。あなたの魔法、ここじゃ威力が出ないわね」


焦るマリーベルに対し、セレナは淡々と距離を詰めると、一言だけ呟いた。


「――“白霧の檻”」


結界内に溶け込むようにして、霧が一瞬でマリーベルの動きを封じる。


その静謐な魔法に、観客席がどよめいた。


「なんて魔力制御……」

「ほとんど詠唱してないのに……」

「あれが王都で噂のセレナ=アルヴェリス……!」


マリーベルは膝をつき、唇を噛んで俯く。


「ば、馬鹿な……こんな、無名の……!」


セレナは優しく、けれど芯の通った声で囁いた。


「“無名”じゃなくて、“無冠”よ。私は誇りを持って、辺境を歩いてきた。あなたも、自分の誇りを探し直したら?」


その一言は、マリーベルの心に何かを残したようだった。




試合が終わり、観客席の最前列で立ち尽くしていたのは、アーデル=ロヴァン。

日頃は貴族然とした態度で周囲と距離を取る彼も、今回はセレナの戦いを食い入るように見ていた。


「……やっぱり、あの子は本物だ」


傍にいた取り巻きの一人が問う。


「アーデル様、あのような平民を評価なさるとは……」


だが、彼はその言葉を遮るように言った。


「血筋でしか価値を測れない者に、魔導の未来は託せない。それを今、証明されたんだよ」


胸元で握った手に、力が入る。

その瞳には、静かな決意の光が宿っていた。



寮の一室、夜


その夜、セレナは校舎の裏に広がる学生寮の一室で、窓から夜空を眺めていた。


ふと、故郷・オルトレアの風景が思い出される。

冷たい日の夜、暖炉のそばで村人たちと笑い合った日々。

あの素朴な温かさに、少しだけ心が揺れる。


(……すぐに戻りたいとは思わない。でも……少し、寂しい)


そんな独りごとを、そっと霧に溶かしていく。


やがて、誰かのノックが響く。


「……アーデル?」


扉を開けると、そこには意外な訪問者――彼が、眉間に皺を寄せて立っていた。


「話がある。……君のその“正義”、もう少し詳しく聞かせてほしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ