玉座の影に咲くもの
王都――王城中央塔、宰相執務室。
レオンハルト=シュトラールは、窓越しに王都を見下ろしていた。
その瞳は冷たく、どこか焦りを含んでいる。
「……ノイエンまでも、沈黙か」
静かな声が部屋に落ちる。
彼の傍らには、側近の一人が膝をついていたが、主の不穏な気配に言葉を発することはなかった。
――ここ最近、王宮内部の空気が変わっていた。
密かに、だが確実に。
記録の魔導改変。
情報官の沈黙。
反旗を翻した辺境の“魔導姫”――セレナ=アルヴェリス。
「あの娘がここまでになるとは……」
独白のように、誰にも聞こえぬ声で呟く。
かつて、セレナは王太子の“王妃候補”として教育を受けていた。
王家に仕える忠誠の血筋。
若くして魔導の才を見出され、王宮育成院に入った彼女は、レオンハルトの傍にいた時期もあった。
共に学び、共に鍛錬し、共に国を語った日々。
だが――
「君の力は幼すぎる。“忠義”だけではなく“野心”を持つこともまた努めだと……」
そう言ったのは、彼自身だった。
「……その言葉に、今でも後悔はない。王家を守るためには、より優秀な者を側におくべきだ。自己を表現できぬ弱者は摘むべきだと――そう、信じた」
セレナの“処分命令書”には、彼自身の署名がある。
見捨てたのは、政治的判断だった。
感情ではない。冷徹な選択――そのはずだった。
だがいま、王都を揺らす“影”の中心には、かつての少女がいた。
「……私の選択が間違っていたとでもいうのか?いやまだ遅くはない……」
一方、セレナは“王都旧区画”に潜んでいた。
自らの情報網で王宮を静かに包囲し、最終局面への布石を打ち続けていた。
ハルトムートの寝返りは、王太子の防壁に大きな穴を開けた。
次は――王宮内部に残る“記録”と“人間”。
「ガルフォード=ラインベルクも落ちた。王宮の礎が、音を立てて崩れつつある……」
そのとき。
一通の王令が、彼女のもとに届いた。
《王太子殿下直々の招待により、セレナ=アルヴェリス殿を王宮に招集する。話し合いの席を設けたく、これを命ず》
内容は表向きの“和解”。
だが裏には何かがあることは明白だった。
それでもセレナは微笑む。
「ようやく、会えるのねレオンハルト――」
その招集を受け、彼女は姿を整え、王城へと向かう。
纏うは漆黒の戦装束。
魔導姫の名にふさわしい、威厳と怒りを纏った姿。
王宮・謁見の間。
黄金に輝く大理石の間には、既に王太子レオンハルト=シュトラールが待っていた。
「よく来たな、セレナ」
「その台詞を、よく言えたものね」
静かな皮肉を込めた一言。
だがレオンハルトは動じなかった。いや――無理に平静を保っていた。
「君と話したいことがある。誤解もあった、私の言葉が君を傷つけたのなら――」
「その“誤解”のせいで、私は処分命令を受けた。
死地に追いやられ、すべてを捨てるしかなかった」
その言葉に、レオンハルトは目を伏せた。
だが、すぐに顔を上げ――片手を挙げる。
「彼女を」
扉が開く。
その瞬間、セレナの目が細まる。
入ってきたのは――ミリアンヌ=ロシュフォード。
「……!」
セレナの背筋が僅かにこわばる。
処分済のはずの彼女が、なぜ王宮に?
ミリアンヌはかつての優雅さを取り戻したかのように整えられていたが、瞳には光がなかった。
レオンハルトは言った。
「私は、セレナ――君を許すつもりでいる。
だが、そのためには一つだけ、示してもらう必要がある」
そして彼は続けた。
「“忠誠”だよ。ミリアンヌのように――ね」
セレナは理解する。
――これは、“屈服”を見せろということ。
かつて見捨てた少女を、自らの膝元に戻し、再び“王の手”に従わせる。
それがレオンハルトの描く、“支配の構図”。
だが、セレナはその視線に静かに立ち向かった。
「……次は、貴方をその椅子から引きずり下ろしてあげる」
そして――謁見の間に張り詰めた空気の中、物語は続く。
罪人として処分されたはずの貴族令嬢、ミリアンヌが王太子の傍に立つ意味。
それは、――衝撃の“裏切り”として明かされる。