魔導姫、社交界に咲く復讐の華
王都ベルメルシア――。
その中心に広がる、上流貴族たちが集う社交の館。
今日は年に一度の《王立貴族議会前夜祭》。
名門の子女たちが競うように豪奢な衣装を纏い、賛美と虚栄に満ちた宴が幕を開けようとしていた。
「……今年もまた、退屈な顔ぶれね」
高台のバルコニーで、傲慢に笑みを浮かべる一人の令嬢がいた。
――イヴェリン=マルシェロワ。
三大貴族の一角、マルシェロワ公爵家の令嬢にして、王太子の元婚約者セレナ=アルヴェリスを「処分すべき」と進言した筆頭の一人である。
彼女は誰よりも“社交界での支配”を誇っていた。
そして、あの日セレナを見下し、切り捨てる署名に嬉々として応じた。
そんな彼女の前に、静かに現れる一人の影があった。
「お久しぶりですね。イヴェリン様」
「あら……どちらさまかしら?」
振り返ったイヴェリンの笑みが、次の瞬間、凍りつく。
光を吸い込むような漆黒のドレス。
背後には、魔力の風をまとう長髪が揺れている。
「……セレナ……!? 生きていたの……?」
「ええ、処分されるどころか、“辺境”で随分と自由にさせていただきましたから」
その声音に、かつての従順さはない。
あるのは――揺るがぬ威厳と、確信を持った殺気。
「ふふ、今さら何しに来たの? こんな場に身分を弁えず現れるなんて、何を企んで――」
その言葉は、突如吹き荒れる風の中にかき消された。
「ごめんなさい。今夜踊るのはあなた一人なの」
セレナの指先が、魔法陣を描く。
瞬間――。
館の天井が、まるで砂のように崩れ落ちた。
悲鳴が上がる。
細かい砂塵となった天井は人的被害はないものの、優雅に社交を楽しむ貴族たちを戦慄させるには十分だった、
そして、その中でイヴェリンの身体だけが宙に浮かび、金色の鎖に縛られていく。
「これが、辺境で磨いた“魔導姫”の力です」
浮遊する魔導円が輝き、群衆の目の前で“真実”の映像が浮かび上がる。
それは――あの“処分命令書”。
そこには、イヴェリン=マルシェロワの署名が、確かに記されていた。
「な、なによこれ……やめて、やめなさいッ……!!」
「この場を選んだのは、偶然ではありません。
あなたが、王都で最も誇っていた“顔”――それを、皆の前で剥ぎ取るためです」
周囲にいた貴族たちがざわめき、動揺し、徐々にイヴェリンから距離を取り始める。
「この命令書……それが何よ! 王家の名を盾にした処分よ!? そんなものが今さら――」
「その通り。確かに王家によって出された命令です。
……しかし“正統な審議機関”を経ずに、あなた方が私個人を陥れるために発案・署名したとなれば、それは《反逆未遂》と見なされる可能性があります」
会場が静まり返る。
「この王立議会の権限を越え、“処分”を命じた命令書は――裏を返せば、“王政を私物化した証拠”でもあるのです」
セレナの言葉と共に、もう一枚の証拠が空中に浮かび上がる。
《命令書に署名した三貴族による、非公式な密議の記録》
魔導映像として映し出されたそれは、王政の私的利用、派閥闘争の証拠として決定的だった。
「現在、この一件は王国議会の審理にかけられており、あなた方の政治的立場は“公的に剥奪される見通し”です」
「くっ……そんな……これは……!」
「“かつて処分を命じた令嬢”が、証拠を引き下げて戻ってきた。――それだけで、あなたの時代は終わるのです」
それは私怨でも逆恨みでもない。
法に則り、正当な報復の形を取る――冷徹な復讐の実行。
セレナはその身に宿した魔力と知略で、“貴族社会の闇”を白日の下にさらした。
イヴェリン=マルシェロワは衛兵に拘束され、呆然と引きずられていく。
その姿に、誰一人手を差し伸べる者はいなかった。
セレナ=アルヴェリスはゆっくりと背を向けた。
この社交の場は、もはや彼女にとって復讐の“舞台”でしかない。
そして、心の中で静かに呟いた。
――署名者は、あと一人。
次なる標的は、名門貴族にして宰相代理――
“冷徹なる実力主義者”、ガルフォード=ラインベルク。
その男の首を取るとき、復讐劇の“核心”が、いよいよ幕を開ける――。