王都の獣たち
王都・ベルメルシア。
陽光が降り注ぐ城門前に、漆黒の囚人馬車が現れた。
中には貴族の衣をまといながらも氷鎖で縛られた女――ミリアンヌ=ロシュフォード。
門前で警備兵が硬直し、即座に伝令が走る。
「馬車の中身を確認!……貴族です、ロシュフォード家の令嬢!」
その報せは瞬く間に王城へと届き、重臣たちの間に戦慄を走らせた。
そして――その馬車を護衛していた一人の女の姿に、誰もが言葉を失った。
漆黒のローブ、艶やかな銀髪。
かつて「辺境の魔導姫」と恐れられ、処分されたはずの女、セレナ=アルヴェリス。
王城へと連行されたセレナと囚人馬車。
政務の中心、王国会議の場において、ミリアンヌの罪状が淡々と読み上げられる。
「越権行為、辺境命令の捏造、民間人の搾取、軍資金の横領――」
次々と暴かれる“真実”に、老貴族たちは冷や汗を流した。
「……して、誰がこれを暴いたのだ?」
重々しい声に、セレナは一歩前へ。
「私です」
堂々と告げるその姿に、議場が凍りつく。
一度“処分”された女が、王命を経ずして帰還し、結果を示し、そして今――
“次”を見ている。
⸻
その日の夜、王城の一角。
王太子、レオンハルト=シュトラールの執務室。
「まさか、セレナが戻ってくるとはな……」
彼は一枚の報告書を手に取ったまま、どこか嬉しげに呟いた。
「しかもミリアンヌを拘束して? ふっ、辺境の魔導姫とはよく言ったものだ。だが――やはり、私の元へ戻ってきたか」
重臣たちの間で、すでにセレナの“復権”を認める動きが始まっている。
それもすべて、**彼女が成した“結果”**ゆえ。
だがレオンハルトは、自分の影響力の範疇にあると信じていた。
「やはり私の見込んだ女だ。いずれ過ちに気づくと思っていた……」
そう思い込んでいた。
セレナが、王都での地位も、王太子への想いも、すべてを捨てていることなど――
彼はまだ、何も気づいていなかった。
⸻
その夜、セレナは城下町の小さな宿にいた。
王都が整えた“貴族の館”への宿泊要請を断り、あえて庶民の宿を選んだのだ。
「……次は、あの男」
窓辺に立ち、月光を受けながら彼女が呟いたその名。
「ドルザック=メイルーン……“私の処分”に署名した三人のうちの一人」
王国北部を管轄する大貴族、メイルーン家の当主。
セレナの追放に直接関わり、かつて“その場にいながら”何の疑問も呈さず、笑っていた男。
「彼の私兵団が、辺境で物資の中抜きをしていた記録も……そろそろ掘り返せそうね」
冷たい視線に、闇が滲む。
そして――
「レオンハルト、あなたの目の前で、私はひとつずつ“奪う”わ」
“想い”を、“誇り”を、“正しさ”を。
彼の信じるものすべてを。