復讐の計画は、静かに美しく
山奥の“元盗賊拠点”。
かつて山賊たちが潜伏していたこの場所は、今やミリアンヌ=ロシュフォードの私兵たちによって占拠され、小規模ながらも砦めいた姿をとっていた。
「いける……ここから、再起するのよ。私こそが、王国にふさわしい女……!」
憔悴しながらも、虚ろな目で呟くミリアンヌ。
自らの失脚はセレナの陰謀だと決めつけ、その復讐のために辺境から脱走してまで兵を募り、奇妙な拠点を築いていた。
彼女が焦っていた理由。それは――
「レオンハルト殿下……。あの方も、すでにセレナに想いを……!」
嫉妬。劣等感。
そして、かつては自分のものだった“上級の世界”から完全に見捨てられたという事実。
自らの過ちを認めることもできず、ミリアンヌは、ますます破滅へと足を踏み込んでいった。
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数日前。
セレナ=アルヴェリスは、ミリアンヌの動きを読んでいた。
(ミリアンヌは、絶対に再起を図る。失ったものを“奪い返す”ために)
セレナは“王国の秩序”に仕えるつもりなど毛頭なかった。
目的は一つ。自分を切り捨てた上級貴族たちを、誰にも気づかれず、静かに壊していくこと。
(ミリアンヌ……あなたはちょうどいい捨て石になる)
セレナは“意図的に”、ミリアンヌの監視網を緩めた。逃亡は想定済み。
彼女が王国に牙を剥くよう仕向けることで、「堂々と切り捨てられる理由」を作り出したのだ。
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そして現在――。
夜明け前の霧が立ち込める中、“山の拠点”を完全に包囲する影の部隊。
その指揮を執るのは、セレナ直属の“監察特務班”――王都には存在すら知られていない、セレナの情報網。
「……相手は元貴族と、買収された私兵。正面からは攻めない。あくまで、“醜態を晒させる”のが目的よ」
セレナの指示に、部隊が静かに頷く。
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拠点中央、ミリアンヌの演説が始まる。
「私を貶めたあの女……セレナ=アルヴェリス。あの偽善者を引きずり下ろす! 私こそが真の王国の顔よ!」
だが、その声が届いた直後だった。
――パンッ! パァンッ!
空に響く銃声。周囲の高台にいたミリアンヌの兵が次々に撃ち抜かれ、混乱が走る。
「なっ……敵!? どうしてこの場所が……っ!?」
「最初から、すべて仕組まれていたのよ」
岩陰から、セレナが現れる。
白い軍服に黒手袋。冷えた視線だけが、獲物を見つめていた。
「あなたの逃走も、再起の画策も、王都への反抗も、全部ね」
「……っ! あなた……っ!」
「どれだけ足掻いても、もうレオンハルト様の視界にあなたは映らない。あの方が見るのは、ただの“成果”だけ」
セレナは静かに近づき、ミリアンヌを見下ろす。
「貴族の看板を掲げ、地位と名誉に執着し、結果を出せず、国を裏切った……あなたはもう、“切り捨てられる側”の存在、かつての私と同じようにね」
「……違う、私は……こんな田舎娘になんて……っ!」
「いいえ。“田舎娘”に負けたんじゃないわ。自分自身に負けただけ」
ミリアンヌが短剣を抜いて突撃する。
だがその瞬間――セレナの指先に青白い魔力が走る。
「《氷鎖結界》」
バシュッ! と空気が張り詰める音。
ミリアンヌの足元から氷の蔓が一瞬で伸び、彼女の手足を絡め取る。短剣が宙を舞い、彼女の体はまるで芸術のような氷鎖の檻に囚われた。
冷たい氷がミリアンヌの動きを完全に封じる。肌に直接触れる部分には、極小の針氷がびっしりと浮かんでおり、動けば肉を裂く仕組みだ。
「抵抗しないで。あまり騒ぐと、その氷、神経まで凍らせるよう調整してあるの」
「ひっ……!! く、来ないでぇっ……!」
セレナはその様子を、まるで実験動物を見るかのような目で見下ろす。
「あなたが“私を殺してやる”って言いながら、どれだけ震えてるか……王都の貴族たちに見せてあげたいわ」
氷の鎖がさらに強く締まり、ミリアンヌの口が自動的に封じられる。
「本当に恥をかいてもらうわ。王都で、あなたの所業を裁判にかける。その姿を、レオンハルト様にも、他の貴族たちにも、見せて差し上げる」
「ん゛……んぐぅうううっ!!(やめてぇえええええ!!)」
だが誰も助けてはくれなかった。
拠点の兵は全員降伏し、王国の黒馬車が到着する。
⸻
王都へと運ばれる黒い囚人馬車の中。
ミリアンヌ=ロシュフォードは凍った鎖の中で震えていた。
セレナは静かに馬車を見送りながら、誰にも聞こえない声で囁く。
「――一人目。回収、完了」
そう。
これはセレナの“個人的な復讐”の第一歩にすぎなかった。