追放、そして神託
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侯爵令嬢セレナ・アルヴェリスは、王都の陽光が差し込む謁見の間で立ち尽くしていた。
目の前に立つのは、王国の次期国王──王太子レオンハルト=シュトラール。誰もが称賛する若き賢王候補。
だが、今この場で彼の口から告げられたのは、冷酷な断罪だった。
「セレナ・アルヴェリス。君との婚約は、ここにて破棄する」
場に緊張が走る。宮廷の要人たち、貴族たちが耳を疑ったようにセレナを見つめている。
セレナ自身もまた、事態が飲み込めず、ただ茫然としていた。
「……理由を、伺ってもよろしいでしょうか、殿下」
声は震えそうになるのを必死に押さえた。
王太子はわずかに眉を動かしたが、すぐに冷めた声で続ける。
「君の振る舞いが、宮廷にふさわしくないと判断した。加えて、ミリアンヌ嬢との不和も問題だ。彼女は……民に選ばれし、“転生の聖女”だ」
その名が出た瞬間、場の空気が変わった。
平民から突然現れた“聖女”ミリアンヌ。清廉で可憐、しかも異世界から来たという珍しさもあり、近頃は貴族たちの間でも注目の的だった。
だが──その裏で、セレナに罪を擦りつけるような小細工をしていたことを、彼女は知っている。
誹謗中傷の手紙、毒入りのお茶を「セレナの仕業」として届けたのも、すべてミリアンヌ側の仕込みだった。
「私は……そのようなこと……」
「もうよい。言い訳は聞き飽きた」
冷たい声。かつて微笑みかけてくれた王子の顔は、今や氷のようだ。
その横で、聖女ミリアンヌが勝ち誇ったように微笑んでいる。
「セレナ様って、怖い目で睨んでくるから……ずっと苦しかったんです。殿下、ありがとうございます」
その涙声すら、計算された演技に見える。だが、今ここで何を叫んでも、誰も彼女の味方にはならないだろう。
セレナはゆっくりと姿勢を正した。
感情を押し殺し、最後の気高さを胸に。
「……わかりました。王太子殿下のご意思、確かに承りました」
それだけを告げると、セレナは静かにその場を立ち去った。
⸻
翌朝、屋敷の門をくぐる時、セレナの周囲にはもう誰もいなかった。
侯爵家からの追放。表向きは「自主的な退去」とされているが、その実態は、名誉剥奪に等しい追放劇だった。
荷馬車の荷台に腰掛け、遠ざかる王都の街並みを見つめながら、セレナは唇を噛みしめた。
(ミリアンヌ……王太子様……そしてあの場にいた貴族たち……)
脳裏に浮かぶのは、嘲笑と冷たい視線。かつて自分を「王妃にふさわしい」と称えた者たちは、昨日、掌を返すように沈黙した。
どれほど自分が”都合のいい存在”だったかを、思い知らされた。
数日かけて馬車がたどり着いたのは、王国北東にある辺境の地、霧深い森林地帯のはずれだった。
そこには、かつて神託の地と呼ばれた“アルセーヌ神殿”がひっそりと残っていた。
「……ここが、終わりの場所なら」
馬車を降り、ひとり遺跡の中へ足を踏み入れる。崩れかけた柱、蔦に覆われた石壁。神殿は風に削られ、今や廃墟同然だった。
だが、不思議と足は止まらなかった。引き寄せられるように、本殿の奥へと進む。
──カッ。
石を踏んだ音が響いた瞬間、空気が変わる。風が止まり、周囲の木々がざわめいた。
「セレナ・アルヴェリス……汝は選ばれし者」
声が響いた。誰のものとも知れぬ、神のような存在の声。
驚く間もなく、空中に紋様が浮かび上がる。七色に輝く魔法陣。セレナの体が、それに包まれていく。
「ちょ、まって、これ……!」
光が胸の奥に流れ込む。炎、水、風、土、雷、闇、光――すべての属性の力が、彼女に注がれる。
「──全属性適性、顕現」
神殿の奥で、何かが覚醒する音がした。石壁に封じられた装置がひとりでに開き、光る宝珠がセレナの足元へと転がる。
「……これは……?」
掌に触れた瞬間、脳内に流れ込む情報。太古の魔法陣。封印魔法。創造魔法。
普通なら数年かかる理論が、一瞬で理解できる。まるで、自分が別人になったようだった。
胸の奥で、熱い感情が沸き立つ。悔しさ、怒り、そして希望。
(もう……誰にも、媚びない)
セレナはゆっくり立ち上がった。
この瞬間、世界が再び回り出す。すべてを奪われた令嬢が、世界をひっくり返す物語が──ここに始まったのだった。