君の音楽が好き
君の音楽が好き
君の音楽が好きだよ。本当に(君のことが)大好き。
高校を卒業したばかりの十八歳の少女、めめが初めて、(小柄な体に不釣合いの)背中に大きなギターを背負って、故郷の町から東京にやってきたのは、ほんの三ヶ月前のことだった。
東京駅で迷い、巨大なビルを見上げて、ぽかんとした顔をしながら戸惑うめめは、とりあえず、上京してきた理由である音楽の仕事を見つけるために、駅前で早速一人でギターを弾いて、歌を歌い始めた。
すると、思っていた以上にたくさんの人が足を止めてめめの歌を聞いてくれた。(すごく、いや、むちゃくちゃ嬉しかった)
そうやってめめが気持ちよく、汗だくになって、夏の太陽の下で、歌を歌い続けていると、休憩中に、めめがペットボトルの水をごくごくと飲んでいるところで、一人の高校の制服をきた、すごく清楚で綺麗な女子高校生に「あの、すみません」と言って声をかけられた。
「はい、なんですか?」にっこりと笑ってめめは言う。(その女子高生は、さっき自分の歌を聞いてくれていた女子高生だった。すごく綺麗な子だったから、めめはその子のことが、歌を聞いてくれた人たちの中でも、とくに深く印象に残っていた)
その女子高生は、たとえば、そこにその子がいるだけで、素晴らしい音楽を生み出すことができるような、そんなインスピレーションを与えてくれるような、そんな、とても綺麗な女の子だった。
「実はあなたの音楽がすごく気に入ってしまって。……あの、もし迷惑でないのなら、どこかで食事でもしながら、少しだけあなたの話を聞かせてもらえませんか? さっきの歌の歌詞の意味とか。どうやって音楽の創作をしているのか、とか。そういう話が聞きたいんです」とその清楚で綺麗な女子高生は恥ずかしそうにしながら、めめに言った。
めめが、……うーん。どうしようかな? 悩んでいると、(東京で知らない人に騙されてはいけないと、お母さんからきつく言われていた)「あ、もちろん、食事代は私が全額払います」とにっこりと笑って綺麗な女子高生は言った。
「え? 本当ですか? じゃあ、そういうことなら……」
と言って、あまりお金のないめめは、その女子高生の申し出を受け入れて、食事をおごってもらうことにした。(悪い人には見えなかったし。年齢も近そうだし)
それから二人は、駅の近くにあったファミリーレストランに移動をした。
そのレストランでめめはチョコレートパフェを、綺麗な女子高生はストロベリーのクレープを注文した。飲み物は二人ともアイスコーヒーだった。
その食事の間に、二人はもう、友達になっていた。
女子高生の名前はるうと言った。
るうは、本当に綺麗な女の子だった。(同じ女性のめめが見ても、どきどきするくらい可愛かった)
るうはお嬢様学校に通っている本物のお嬢様だった。
るう本人の持つ美しさ、美貌、形だけではなく、その華やかさには、るうの育ってきた環境の上品な色が見えた。
背が高くて、つやつやの長い黒髪が美しくて、年齢はなんと十五歳でめめよりも三つも年下だった。(全然そんなふうには見えなかったけど)
長い足がすらっとしていて肌が白くて、背が小さくて、子供っぽいめめよりも年上に見える。
だけどるうはいつもどこか悲しそうな顔をしていた。
るうはめめになんのために歌を歌っているのかと聞いた。
めめは歌が大好きだから、と満面の笑顔でるうに言った。
するとるうはきょとんとした顔をした。(その顔は幼くて年相応の顔に見えた)
自分のしたいこと、やりたいことがわからないとるうは言った。
夢が見つからないと言った。
るうはめめにどうやって夢を見つけたのかと聞いた。
でも答えはよくわからなかった。
気がついたら歌が好きになっていた。自分で調べて自分の好きな音楽を探して、勉強して、作詞や作曲をするようになった。
アルバイトをしてお金を貯めて楽器を買って、作曲のための音楽機器を買った。
作った歌は友達に聞いてもらった。そんな毎日がすごく楽しかった。
「るうはなにもしているときが一番楽しいの?」とめめは言った。
「わかりません。楽しいときってあんまりないから」と小さく笑いながらるうは言った。
るうと一緒に歩くと誰もがるうのことを見た。
でもるうにとってはそれは普通のことなのだろう。人の目が気になって仕方がないめめと違ってるうはいつも平然としていた。
さよならをするとき、連絡先を交換した。
るうは「絶対にまためめ先輩の音楽を聴きに行きます」と言ってくれた。
めめは「ありがとう」と顔を真っ赤にしながら言った。
めめは自分のこじんまりとしたアパートに帰ると、すぐに今日の出来事を思い出しながら新しい曲を作り始めた。
その曲の一番の中心にいるのはるうだった。
東京に来てから数週間が経った。その間、めめはレストランでアルバイトをしながら積極的に音楽活動をした。
めめの歌はたくさんの人が足を止めて聞いてくれた。
嬉しかった。
でも、その人たちの中にるうの姿はどこにもなかった。
めめはるうにあの東京に来て初めて自分の歌を好きだと言ってくれた綺麗な女の子に今なにしてるの? と連絡をとりたかったのだけど、それをすることができないでいた。
るうを思って作曲している音楽がまだ完成していないからだった。
でこぼこの友達
季節は夏から秋に変わり、やがてもうすぐ冬を迎える時期になった。
時間は本当にあっという間に過ぎていった。毎日が忙しくて充実しているからなのかも知れないけれど、本当に東京では故郷の田舎の町とは違うとても早い時間が流れているようだとめめは思った。
ちっちゃい私と背の高いるう。
私たちはでこぼこの友達だと思った。
たった一度だけの出会い。
一日だけの友達。
それなのにずっと忘れられない。
まるで本当の妹のように思う。
るう。
君は今、なにをしているのかな?
今もあのときのように悲しい顔をしているのかな?
もしそうならすごく心配だよ。
るう。
人生は楽しいよ。
面白いことがいっぱいあるよ。
夢だってきっと見つかるよ。
だから。
だからさ。
笑ってよ。
るう。
いつのまにかめめは眠っていた。
起きるとテーブルの上から顔を上げて窓の外に広がる暗い空を見つめた。
不安だ。
私は本当に歌を歌って生きていけるのだろうか?
とっても不安だ。
でも、いいんだ。
それでもいい。
だって私が自分で選んだ道なんだから。
迷ってもいい。
失敗しても、大変でも、辛くても、寂しくてもいいんだ。
めめは部屋の中で丸くなる。
十一月の終わりごろ。
朝の時間。
アパートの部屋から出ためめは空を見上げる。
夜の明ける空を。
輝くひとつの星を見る。
ありのままの自分の心を歌う。
まっすぐに。
正直に。
全力で。
それだけでいいんだ。
めめは自分の音楽にそんな気持ちを込めて歌った。
思いは言葉になり、言葉はやがて音楽になった。
るう。
あなたに会いたい。
初めてるうと会った思い出の場所で、めめは歌う。
全力で、思いっきり歌を歌う。
すると歌を聞いてくれている人たちの中にずっと探していた顔を見つける。
それはるうだった。
るう。
目と目が合った。
瞬間、めめは涙を流した。
それはるうもおんなじだった。
めめの歌が止まった。
めめの歌を聞いていてくれている人たちからざわめきが起こった。
すると少しして「頑張って」と声が聞こえた。
女の人の声。
めめにそう言ってくれたのはるうではなかった。
るうは目にいっぱいの涙を貯めてめめをじっと見つめていた。
誰だろう?
ありがとうって言いたくて声をかけてくれた女の人を探したけど見たからなった。
すぐにたくさんの人が同じように「頑張って」とか「頑張れ」とか言ってくれたからだった。
「ありがとうございます」
涙声でめめは言った。
それからめめは歌を歌い始めた。
そして歌が終わると「本当は今の曲で終わりにしようと思っていたんですけど最後にもう一曲だけ歌を歌ってもいいですか?」とめめは言った。
するとみんながたくさんの拍手をしてくれた。
「ありがとう。では歌います。東京にきて初めて作った曲です。曲名は『君の音楽が好き』です」
あなたに出会わなければ
「本当にどうもありがとう。めめ先輩」と泣きながらるうは言った。
「こちらこそありがとう。るう」とめめは言った。
いつのまにかめめも泣いていた。
るうはめめと会ってから今までずっと真剣に夢を探していたのだと言った。
真剣になって、一生懸命になって、真面目に、毎日夢を探した。
自分のやりたいこと。
楽しいと思ったこと。
実際にやることができること。
ずっとずっと探し続けた。
夢を見つけて、めめにめめ先輩。
私のやりたいことはこれです。私の夢はこれなんですって言うことができるまで、めめの歌を聞きに行くことはやめようと思っていたのだと言った。
でも夢は見つからなかった。
だから、ごめんなさい。とるうは言った。
そんなるうのことをめめは力いっぱい背伸びをして抱きしめた。
少し前に、東京に初雪が降ったある冬の日。朝の時間。
アパートを出ためめは雪を踏みながら公園に出かけた。
夜が明ける時間の暗がりの緑色の空の中に星の光がひとつだけ残っている。
その星を見ながらめめは歌を歌った。
息が白い。
でも、心はずっとあったかかった。
君の音楽が好き 終わり