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7.従士ラグナルは呆れていない

「なにを言う、ラグナル! お前にはあの神々しいお姿が目に入らないのか!?」



と、繁みに身を隠したレンナルト様が、潜めた声を荒げられる。


私たちの視線の先では、ヒョロっとした少女がハンモックで揺られている。


なんというか、ほそ長い。


ヒョロっとしてる。


婚儀のためにバネル家に来訪された際には、なるほどこれはレンナルト様がご執心にもなるはずだと、ご美貌に感心した。


ふたりが並ばれると、圧倒的な威厳が感じられたものだ。


なのに、レンナルト様ときたら憧れの花嫁にカチコチに緊張されて、口もきけない。


だけども、まさかレンナルト様が憧れていたお姿が〈ヒョロガリメガネ〉の方だとは思いもしなかった。



「見ろ、あの自然体なお姿。なんの気負いもなく、だけど自信に満ちあふれている。自分自身のあり方に、なんの迷いも持たれていないのだ」



バネル家の子息は成人前に、発祥の地である王都の貸本屋でしばらく働かれるのが慣習になっている。


そこで、レンナルト様は公爵令嬢フェリシア・ストゥーレ様と出会われたらしい。


第3王子殿下との婚約が破棄されそうだとの情報をつかまれるや、猛烈な勢いでお父上を説得された。



「しかし、レンナルトよ。お前も知っているはずだ。複数の貴族の領地に土地を持つ我がバネル家は、特定の爵位貴族と婚姻関係を持たずにきた」


「そこをなんとか」


「貴族の権力闘争にも中立を保ち、薄く広い交誼を保つことで、バネル家は……」


「そこをなんとか!」


「バネ……」


「そこをなんとか!!」



シンプルな懇願に、お父上が折れた。


先方から別居を条件に出されたことも、あからさまな政略結婚の体裁を整えるのに好都合だった。


心の底から惚れ抜いているとなれば、ストゥーレ公爵家に敵対的な貴族家から余計な反感を買いかねない。


ちなみに、レンナルト様はフェリシア様のこと以外では優秀なお方だ。


お側に置いてもらい、頼りにしていただいていることは、私の誇りでもある。


ただ、形式上ということになりはしたけれど、ご自分のご正妻の〈のぞき〉に付き合わさせられるのは、いかがなものか。


しかも、まったく飽きられる様子がない。



「いや! ……フェリシア様の魅力に、ほかの男から気付かれない方が良いのか。いや、しかし……」



などと、ブツブツ言いながら、日に日に近寄っていかれる。


案の定、侍女に見付かった。



「お名前は?」



と、瓶底眼鏡をかけたフェリシア様が仰られたとき、



――眼鏡をかけない婚儀では、レンナルト様のお顔が見えてなかったのだ……。



と、すぐにピンときた。



「レン……、レ……、レオンと申します」



レンナルト様が偽名を使われたのは、照れだ。


思春期か。22歳にもなられて。


いずれにしても、この場を取り繕う必要があると、私もフェリシア様の前で片膝を突くと、お茶に誘われてしまった。


じっくり話し込まれたら、正体がバレるかもしれないと思い警戒したけれど、


フェリシア様はすぐにハンモックに戻られ、私たちなどいないかのように読書に没頭される。



「……社交のため3年間、眼鏡を手にされなかったフェリシア様は趣味の読書に飢えておられたのです」



と、お茶を淹れてくれた小柄な侍女が、眉を寄せて詫びるように笑った。


公爵令嬢フェリシア様は王都社交界の華として、その名を馳せている。父公爵を亡くされ、お家を守るためのことだと、噂はかねがね聞いていた。


権力闘争が常である貴族にとって、人的コネクションは生命線だ。


存亡をかけた社交に、並々ならぬ覚悟を固めて挑まれていたことだろう。



――そして、敗れ、……敗れたからレンナルト様が手に入れることができた。



もっとも、ぎこちなく茶をすすりながら、チラチラとハンモックのフェリシア様をのぞき見るレンナルト様のお姿は〈手に入れた〉とはほど遠く感じられはするのだが。


フェリシア様公認の〈護衛〉ということになった私たちは、聖堂のまえに見張り小屋を建て、そこに住むことになった。


レンナルト様は気恥ずかしいのか、なんなのか、従士レオンとしてふる舞い続けるし、私は仕方ないのでレンナルト様のことをそれとなく褒める。


とにかく早くまともな夫婦になってもらわないと、仕事にも支障が出るというものだ。



「レンナルト様は、なにかフェリシア様に贈り物をされたいようなのですが」



と、フェリシア様に水を向けてみても、反応は薄い。


時を置いて、何度か尋ねた後に、



「……では、すこし時を早めましょうか」


「え?」


「リルブロルの領有権を、叔父からわたしに買い取っていただけませんか?」



と、あっけらかんとした調子で言われた。


正直、安い。


古びた聖堂のほかはブナ林と、ちいさな村があるばかりだ。


それでも、フェリシア様からの初めての〈おねだり〉に、レンナルト様は喜び勇んで、馬で駆け出された。


早速、王都で交渉されるおつもりだろう。


一応、護衛ということになっているので、私はひとりで残る。


アニタという侍女が、そっと声を潜めた。



「……フェリシア様は、リルブロルの領主として……、墓守として生涯を終えられるおつもりなのでしょうか?」


「さあ……」


「リルブロルの領有権を叔父君から購入されたら、事実上、フェリシア様が分家を興されたことになるのでは……」



侍女の懸念はもっともだ。


領有権の移動を王宮に認められたら、いずれはリルブロルに紐付いた爵位が創設され、叙爵されることになるだろう。


現ストゥーレ公爵からすれば、それでフェリシア様を厄介払いできるなら安いものだ。


すでに世捨て人の気分なのかもしれないが、さすがに負けっぷりが良すぎる。


ところが、数日後、フェリシア様に王宮から迎えの馬車が到着した。


パタンと本を閉じたフェリシア様は、



「休暇はおしまいね」



と、残念そうにつぶやかれ、侍女と聖堂のなかに消えた。


やがて、絢爛豪華なドレスに身を包んだ公爵令嬢が姿を現し、馬車に乗り込む。


瓶底眼鏡はかけていなかった。


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