最終話.公爵従妹ディアナの嫉妬
お昼のパスタに、フェリシアの送ってくれた白トリュフを削る。
芳醇な香りが匂い立ち、ひととき、優雅な気持ちになれる。
具の少ないパスタは、私の茹でたもの。メイドたちには、ほとんど暇を出した。
「ディアナには、この方なんかどうかしら?」
と、フェリシアが私に勧めてくれた縁談は、伯爵家の長男。家柄も血統も申し分なく、縁談はとんとん拍子に進んだ。
お相手が選んだのは、私ではない。
白トリュフで巨万の富を得た、いまをときめく女公爵フェリシア閣下の従妹だ。
この先、私は女公爵フェリシア閣下の後ろ盾を得た伯爵夫人として、王都で生きていくことになる。
念願どおり、私はずっと貴族でいられることになった。
引き換えに、私の忠誠は、生涯、フェリシア閣下に捧げられる。
そして、第3王子殿下との婚約を奪った私を許して心服させ、手厚く保護したフェリシア閣下の名声は、ますます上がる。
私は、生涯、フェリシアの偉大さを証明する、生きた証拠として生きていく。
私という存在が、王都にはいないフェリシアを皆に忘れさせない。王都の貴族も民も、私を見るたびに、フェリシアの偉大さを思い返す。
けれど、それでいい。
フェリシアは巧みな手腕で、私とフェリシアの利害を一致させてくれたのだ。
私が幸せになればなるほど、フェリシアの声望が上がる。王都不在にして、王国内での存在感が高まる。
私は幸せになるだけで、フェリシアの役に立てるのだ。
フェリシアの紹介してくれた伯爵令息は、誠実なお人柄で権力闘争なんかとは縁遠そうな好青年だった。
きっと、私のことも、まっすぐに愛してくれる。
温かい家庭を築くことができる。
野望をすべてフェリシアに打ち砕かれ、脱け殻のようになったお父様とお母様が、お互いを慈しみ合われるようになられたみたいに。
お父様は、暫定の爵位が消滅し、公爵家の別邸からも追い出され、宰相閣下からも見捨てられ、王宮で立場をなくした。
それでも、食べていくために出仕を止める訳にもいかない。
閑職に追いやられ、華々しい席には一切関われなくなっても、頭が白髪で真っ白になってしまわれても、毎朝、王宮に出かけて行かれた。
だけど、フェリシアが私の伯爵家との縁談をまとめてくれ、あらたな後ろ盾を得たお父様は、ようやくまともな立場に復帰できたようだ。
お父様もお母様も、涙を流して、フェリシアに感謝した。
結局、私たち一家は、フェリシアの掌の上で転がされていただけ。とも言える。
偉大な従姉に、完敗だ。
潔く負けを認め、鮮やかに屈服する。
優雅なる貴族のたしなみだ。と、フェリシアに教えてもらった。
あの、第3王子殿下がフェリシアに婚約破棄を告げた王宮の大広間。
立ち去って行くフェリシアの背中に、私は嫉妬していた。
フェリシアのほかの何でもない、あの背中の美しさ、凛々しさ、気高さ、優雅さ、そして、すべてを兼ね備えていながら、力みのない自然体な背中に、激しい嫉妬の炎が燃え上がった。
そして、嫉妬は、尊敬になった。
敗れるのであれば、あのように敗れなくてはならない。
貴族たる者、権力闘争は常だ。
いつも勝ち続けることはない。
貴族として生きていくすべてを、フェリシアのあの背中から学ばせてもらった。
私の背中は、いま、どうだろう?
パスタを食べ終え、食器を洗う。
少ないお給金しか払えていないメイドの仕事を減らしてやる。
フェリシアは、いま何をしているだろう。
辺境リルブロルで、優雅にヒョロヒョロと揺れているだろうか? それとも凛とした美貌で周囲を魅了しているだろうか?
窓辺の椅子に腰を降ろし、フェリシアが選んでくれた本を開いた。
― 第一部 完 ―