表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

15.女公爵フェリシアは夢を膨らませる

「フェリシア様。リルブロル産トリュフの取り扱いは、ぜひバネル家にお任せくださいませんか?」



と、レオンがわたしに片膝を突いた。


それにしても、このレオンという従士は、なんでいつも裏声なのだろう?


興味深いけど、人にはそれぞれ事情というものがある。詮索するのはやめておこう。



「あら、レオン? それは、独占契約の申し出……、ということかしら?」


「その通りです」


「ふふっ。さすがバネル家ね。従士であっても商いに目ざとい」


「お褒めのお言葉、光栄です」


「でも、バネル家に独占させたら、他の商家と値段を競ってもらえないわねぇ……」


「もちろん、市場卸価格より高く買い取ります。……見れば、品質も良い。遠国から輸入するものと比べ香りが複雑で芳醇。傷や虫食い、ひび割れも見当たらず、変色もない。硬さも充分。かなり、価格を上乗せして購入させていただけるかと」


「あら、そう。それは嬉しいわね」


「はい」


「ふふっ。バネル家では従士まで高価なトリュフに詳しいだなんて……。ほんとうに待遇がいいのね」


「あ、いや、それは……、その、たまたまです! たまたま、……食べたことがありまして……」



なんだか慌てだしたレオンを、ラグナルが制して、バネル家の本拠から調達担当の長を呼ぶことになった。


レオンとラグナルの関係も不思議だ。


たぶん対等な従士同士だと思うのだけど、ときどき、どちらかが上の立場になったり、どちらかが下になったり入れ替わる。


いずれ、世界中の本を読み尽くしたら、一度、ふたりの関係をじっくり観察してみたいものだ。


収穫したトリュフは聖堂の奥に用意させていた専用の保管庫に、厳重に保管する。


ダグは白犬のイェスペルを連れて、毎日のように収穫に出かけてくれるのだけど、まだまだトリュフは尽きそうにない。



「これは……」



と、侍女のアニタが、ポカンと口をあけた。



「なに?」


「……フェリシア様、大富豪になっちゃいますね」


「ふふっ。お給金も上げてあげないとね」


「あ、いや……、そ、そういうつもりで言ったのではなくてですね……」


「わたしも、たくさん本が買えるわ」



やがて、バネル家の調達担当がリルブロルにやってきて、商談が成立した。


レオンの言った通り、充分な高値で契約できて、わたしの想定より早く、叔父がつくった公爵家の借金を完済できそうだ。


形式だけの姻戚関係とはいえ、なかなか役に立ってくれる。


出来のいいトリュフをひとつ選んで、本拠の旦那様、レンナルトに贈るようにと、調達担当に頼んだ。



「あ……、はあ……」



と、調達担当は要領の得ない返事をして、レオンとわたしの顔を見比べてから、トリュフを鞄にしまいこんだ。



「フェリシア様」



調達担当を見送ったあと、立派な褐色の体躯に似つかわしくない可愛らしい裏声で、レオンが言った。



「……実は、フェリシア様に、お願いがあるのです」


「あら、なにかしら? バネル家にはお世話になったし、なんでも言ってちょうだい。できることなら、させてもらうわ」


「ありがとうございます」



と、応えたレオンが、なにやら微妙な表情で言い淀んでいる。


やがて、意を決したように、わたしの瞳をまっすぐ見詰めた。



「……バネル家には、開祖ボトヴィッドの遺した遺命があります」


「ええ。貸本屋から身を興された、伝説の人物ね」


「はい……。遺命は、世界中の本を集めて〈世界図書館〉をつくるようにと」


「まあ!! なんて素敵な遺命なの!? 素晴らしいご先祖をお持ちなのね、バネル家は!!」


「ふふっ……。失礼。……バネル家が財をなし、富を得たのも、すべてはこの遺命を果たさんとするため」


「ご先祖が素敵なら、子孫も素敵なのね」


「……し、しかし、150年かかっても、世界中の本を収集するには程遠く……」


「ええ。すべて、……となれば、そうなるのも無理ありませんわね」


「出来ましたら、フェリシア様に、この事業を手伝っていただけないかと……」


「まあ!! なんて、素敵なお誘い! やります! 絶対、やります! やらせてください!」



一冊、また一冊と集め、本棚にしまって、やがては世界中の本に囲まれる。


夢のような生活だ。


わたしが手を伸ばすと、アニタが布巾を持たせてくれた。


眼鏡を外し、レンズを拭く。


わたしが気合を入れるための儀式だ。高揚し過ぎた気持ちを抑えることもできる。



「あら? ……レオン? わたし、ここ以外のどこかで……、あなたに会ったことがあるかしら?」


「い、いえ、……さあ? どうでしょうか?」


「ふうん。気のせいか」



と、眼鏡をかける。


顔を真っ赤にしたレオンを、アニタとラグナルが怪訝な表情で見ていた。



「でも、そんな数の本に囲まれたら、金銭的な制約がなくなったっていうのに、こんどは寿命の制約に悩みそうね」


「ふふっ」



と、レオンが根拠の分からない笑いをこぼした。



「だって、全部読み切る前に、寿命が来るでしょ? ……ああ、次に読む本、決めてたのに……、って思いながら、冥府に旅立つことになるわね」


「ですが、フェリシア様は本を選ばれているお姿が、いちばんお美しい」


「あら? そう? 初めて言われたわ」


「……限られたお小遣い、限られた時間。まるで運命を共にできる、相棒を探されているかのように選ばれる」


「わたし、そんな顔して本を選んでる?」


「そして、選ばれた本を大切に大切に抱きかかえられ、ヒョロヒョ……、ゆらゆらと揺れながら、読む前から夢を膨らませて帰って行かれる……。そのお背中の神々しいこと……」


「……ん? なんの話? お小遣い? 帰るって?」


「あ、あ、あ、……経費の範囲で購入されたであろう本を抱きかかえられて、ハンモックに帰られるお姿です」


「ああ、そういうこと」


「はい! そ、そうです! ……いずれにしても、しばらくは王都での暮らしのお疲れを癒され、その後に、バネル家の事業に手を貸していただけたら、幸いにございます」



と、レオンは深々と頭をさげた。



――ふふっ。変な男の人。ずっと裏声だし。



と、笑ってから、わたしはハンモックに揺られる。


世界図書館。


なんて素敵な夢だろう。爵位と領地を守り切って、目標をなくしていたわたしにピッタリだ。


手持ちの恋愛物語は読み切ったので、今日からは経済小説に手をつける。


きっと、儲け話でいっぱいだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ