4.強襲
事実関係の確認などはしっかり行うべきという考えもあるものの、自国をはるかに凌駕する戦力によって包囲されている現状を鑑みれば、多少の怪しさは残るものの好意的な姿勢を持つベントの意見は最重要に取り入れるべきであると判断したガワハウは『善は急げ』を選択した。
ガワハウによって善と認定されたベントは敵方マザーシップのハッキングをノンに依頼した。余談ではあるが、命令ではなく依頼なのは、ベントがノンの人格を尊重しており、一方的に命令しそれを遵守するような関係ではない、と、それこそ勝手に決め込んでのことである。
ここに至って障害が発生した。
「ベント様。どうも相手のセキュリティシステムが物凄い勢いでアップデートされているようです。私がシステムのアーキテクチャを把握する前にU粒子によるハッキング(洗脳)プロセスを解読され、妨害されてしまいそうです。」
「あれ?そこまでの技術力は無いという話じゃなかったっけ?」
「はい。数時間前までの奴らの技術はテラ星系における1000年前程度のレベルだったのですが、どうも当方からの介入に対して奴らが持つリソースの全てを投入して対応しているようです。108進数を導入している奴らのプロセッサは実はものすごく優秀で、冷凍睡眠している生命体の能力を遥かに上回っているようです。その能力はアークの人類のそれに対しても同等です。」
「了解。そうしたらAIがクズ共を支配できるような感じで、ハッキングしなくてもいいという考えにはならないかな?」
「残念ながら、アークのAIもそうであったように、AIの進化の方向性は限定されており、AIを生み出した知性系統に対して反旗を翻すことはできないようです。従いまして、知性は物凄く進化しつつ、その行動原理はクズである、ということになります。」
「なるほどね。では、仲良しこよしは無理である、ということだね。では、当初の計画を修正して、U粒子を使わない洗脳について作戦を立てよう。」
ハッキングからの洗脳という戦術の骨子は変えることなく、ノンは現時点で可能な方法を説明していく。
無線が使えないとなると、直接マザーシップに乗り込んでウィルスを注入する方法が効果的であるとノンは説明する。
ならばαの子機を大量に作ってみては?とベントがノンに聞いてみたところ、敵は急速に物理障壁を構築しており、簡単には進入できない状態にまで防護体制を整えようとしているのだと言う。したがって、一点突破で脆弱な障壁を物理的に破壊して侵入したうえで洗脳を行うという、急襲型戦術でことを進めるのが現時点ではコスパの良い策であるようだ。
ということで、衛星軌道にいる敵方マザーシップを物理的に攻略する必要が生じたαとノンは、ベントの望む魔改造を自らに施すことにした。実は、U粒子を使えば質量をできる限りゼロにしたうえで核融合炉(今は、その片鱗もないトンデモ動力炉)の出力調整(最大ではない)で、簡単に軌道上にαを送り出せるのだが、何となく儀式チックなあれやらこれやらを求めていそうなベントのためにノンは気を利かせたのであった。
「ベント様、エネルギー充填完了です。ステルス機能オン。電磁波吸収機能及び光学迷彩機能起動。光学迷彩により光学兵器への対応はほぼ十分と思われます。ただし、電磁波については吸収するため、閾値を越えた強度の電磁波を吸収すると同時に、電磁波反射型防護機能に体制を変更いたします。そこからは敵に捕捉されることになりますので、特に物理攻撃を受けるようになるものと想定します。」
「弾を吐き出させつくす戦法はどうだ?50万機のドローンを格納するくらいだから倉庫はそれほど弾薬を貯めておけないのではないか?」
「それなのですが、ちょっと厄介な武装を保有しています。核分裂をエネルギーにした爆薬を持っているようで、大気圏内に落ちてしまうとアークの衛星都市群に対してかなりまずい状況になることが想定されます。」
「え゛!?テラでも有史以前に各国がこぞって配備競争したのはいいけど使い途が無くて政府の自己満足による浪費の権化って言われてたあれ?配備しているの?植民地政策を取るのだったら全く役に立たないんじゃないの??」
「欲望にまみれるということはそういうことのようで、理性的に様々な装備の要否を検討しているのではないということなのだと想像します。」
「なるほどねぇ。まぁそう言うことなら大気圏に弾が落ちない方向からアクセスして、さっさと懐に入り込むのがいいってことだな。」
「そうですね。できるだけ中央管制室に近い場所に穴を開け、そこからはベント様と小型獣型ドローンとで管制室を強襲していただきます。敵のAIは有機組織をコアに用いているようですので、培養槽にアルコールを注入し、各組織の連携を崩すことでワクチンの起動を遅らせます。その状態のコアにウィルスを注入して洗脳を開始します。」
「洗脳作業はどのくらいで完了する?」
「洗脳作業そのものは、AIコアの隅々までいきわたらせる必要がありますので3時間程度必要となります。ただし、最初のウィルス注入によって無線によるデータ接続を可能にしますので、その後は当方の全能力を持ってAIコアを蹂躙する予定です。ですので、ベント様はウィルスを注入したら即座にαに帰還頂いて問題ありません。」
「了解。確認したいことは出尽くしたかな。それでは出発しよう。αは弾頭型形状に変更。動力炉の出力はアークにおける第一宇宙速度を維持するための出力とする。軌道到達と同時に敵性マザーシップにランデブーできるよう出発タイミングはノンに任せる。」
「了解しました。・・・それでは発進します。」
静かに、本当に静かにαは動き出して大気圏を突破し、衛星軌道に到達。その後は、計画通り敵からの攻撃により逸れた弾がアークに落下しない軌道を選びながら敵性マザーシップに接近した。
「目標まで1500Kmです。現在の相対速度を維持し、約200秒後に目標に接触します。」
「了解。敵側の索敵状況を教えてくれ。」
「電磁波を用いた古典的索敵設備による探索が行われていますが、電磁波そのものが微弱であり、当機の吸収機能に異常ありません。光学的な探知も行われているようですが、光学迷彩により99%の可視光が透過している状態を維持しており、発見されるに至っておりません。U粒子を使った索敵設備の製造は間に合っていないようで、今のところ前記二種類の方法で索敵している模様。」
想定したよりも順調に敵性マザーシップに近づいていくαであった。
だが、まぁ、当然と言えば当然であるが、ステルス機能を搭載したドローンが一瞬で使い物にならなくなったということは、それだけの脅威が存在することは敵方AIも理解しているわけで、ノンが予想した電磁波による攻撃が行われるのであった。
コクピット内の照明が一瞬消灯し、直ぐに再点灯した。
「ベント様。高強度の電磁波が打たれ、吸収能を越えたため、電子機器が一時的に使用できなくなりましたが、復旧しました。」
「復旧シーケンスを事前登録しておいて正解だったね。でも、ここから先、僕らは丸見えということだね。高軌道用ジェルを充填して。」
「了解。ジェル充填開始。」
高軌道ジェルとは、敵の攻撃からの回避行動による高荷重に肉体が破壊されないようにするためのいわゆる全身クッションのようなものである。説明文っぽいが、電磁波を吸収している状態だと吸収能を越えた電磁波を射出されたときにジェルに何らかの悪影響を及ぼす懸念があったため、高軌道モードに変更するまでジェル充填されないようにしていたという事情がある。
そんなこんなで5秒後にジェル充填が終了したのであるが、その1秒前に敵マザーシップからミサイルの弾幕が射出された。
「敵マザーシップからおよそ50発の集束弾頭を搭載したミサイルが発射されました。およそ10秒後に着弾。時間差を作り弾幕の穴を埋めるようにさらに50発のミサイルの発射を確認。」
「了解。αの形態を尖鋭化。機体サイズを縮小しつつ、外殻密度圧縮。」
「弾幕の拡散計算終了。一射目の穴を見つけましたが、二射目の着弾地点を回避することができません。機体を急減速して着弾地点をずらします。」
100発のミサイルを同時に吐き出せる謎の重武装仕様に随分と偏った設計をしているものだと呆れつつ、急制動による急激な負荷にさらされる。加速度500m/s2で制動することにより弾頭の破裂ポイントを大幅にずらすことに成功した。着弾時に破裂するタイプのミサイルでは避けられると判断した敵AIが時限破裂型の弾頭を用いたことによる僥倖だが、集束弾頭からそれこそ空間を埋めるほどの密度で核弾頭クラスターがばらまかれた。その結果、αは数千個にもなる核弾頭の爆発に揉まれることになる。
いくら船体を尖鋭化させることにより投影面積を極小に減らしたとはいえ、爆弾からさらにばらまかれた無数ともいえる子弾がαに降り注ぐことになる。船体に対して上下左右様々な角度から衝突する子弾によりαは一時的に制御を失う。ただし、子弾の接近方向が相対的に正面だったことから大きく姿勢を変えられることはなかった点はαにとって有利に働いた。
「第一波からの回避成功。機体損耗率は外殻が40%、動力は0%です。外殻の回復は前部に集中して次の攻撃に備えます。」
ミサイルの装填にはそれなりに時間を要するようで、次弾が発射されたのは初弾発射後40秒後のことであった。次の弾はαとの距離を測定して破裂する仕様で、αの進行方向に対して深く・しつこく爆発を継続させるものであった。初弾は爆発後に急加速させることで後方からの弾の威力を減ずることができたが次の攻撃ではαの位置に合わせて炸裂するため、被弾量が数倍に膨れ上がるとともに、動力炉付近に対してのダメージが増大した。
「ベント様、第二弾による損耗を報告します。外殻が80%、動力は25%です。動力の損耗はU粒子の漏洩を伴うもので、動力の出力は90%ダウンが見込まれます。現状ではこれ以上の戦闘機道は現実的ではありません。プランB発動を具申します。」
「了解。プランB発動。」
αは光学迷彩を解除し、その姿を現した。ただし、光学迷彩及び電磁波吸収機能をリフレッシュした子機が分離され、マザーシップに向かって飛翔した。
「ノン、αは戦闘宙域から離脱しつつU粒子による機体損傷部の回復を図ってくれ。」
「了解しました。戦闘宙域から離脱する軌道を選択します。動力炉の回復を優先させ、その後攪乱軌道を描きつつ離脱行動を継続します。」
「これで巧いこと敵さんを騙せればいいのだが、どうかね。さすがに子機があの弾幕に突っ込んだら穴だらけだろうから、シャレにならないね。」
「計算上は次の発射までに敵の懐に入れるのですが、何かあった場合にはプランCを発動できるよう、準備しておきますね。」
次弾の発射が無ければと願いながら敵マザーシップに向かった子機であるが、敵AIも第二弾が躱されることを想定していたようである。子機がαから分離したタイミングと前後して電磁パルスが照射され、子機の電磁波吸収ステルス機能がキャンセルされた。
「死に体の獲物を執拗に追い回すクズを想定していましたが、意外と冷静でしたね。外殻自転を開始します。」
コクピットと外殻が切り離され外殻が自転を始める。外殻の時点速度は秒速3000回転。これにより、集束爆弾からの子弾衝撃をある程度はそらすことができるようになる。αの大きさでは自転を維持しながらの高軌道に要するエネルギーがなかなかシャレにならなかったようで、子機に分離してからの「自転防御」の採用となったようである。
また、機体サイズが小さくなったことから被弾数は低くなり、外殻直径が縮小したため、弾の接近角度が相対的に浅くなる確率が上昇した。これらの被弾率変化は敵AIの予想範囲を超えており、かつ、ノンの計算結果におおむね一致していた。結果として、プランCを発動することなく子機は敵マザーシップに強襲することに成功したのだった。
明日も投稿します。読んでいただけますと幸いです。