20.予想外の酷さ
既に述べた通りユピタの政治形態は政教一致政府である。貴族政治に近い権力のピラミッド構造を構築していることから読者諸兄にもお判りいただけると思うが、逆ピラミッドとしての貧困層、奴隷層が存在するのである。
ユーノスに獣人族、エルフ族、ドワーフ族などの人族が生活していることは既に述べた。星系として非常に近接しているユピタにもこれらの人族は生きて生活しているのであったが、極めて排他的なユピタの創造神教は多様な人族をユピタ星人とは認めなかった。
このため、ユピタ星人は、他の人族の住む国や地域を植民地化し、奴隷とした。搾取のためだけに生かされる人族が生産的な活動が行えるはずもなく、かといってユピタ星人は生産性向上を目的としたドローンの投入などは非生産的行為と考えるのみであり、結果としてユピタの生産性は加工の一途をたどっていた。
このような状況を打破すべく、ユーノスへの侵攻を半ばと言うか、ほぼ完全に無計画のままに進めたのが今回のユーノス攻防戦のきっかけであった。
ユピタ王への諮問機関など、期待すべくもなく、と言うよりも心ある政治家そのものが既に不在となっているのがユピタと言う星であった。
食料の生産性が低下の一途であり、改善するための方策を思いつける哲学のない星が最後に求めたのがユーノス侵略なのであった。
畢竟、自星の状態など一切鑑みることなく、ユーノス侵攻のための各種技術開発に盲進することとなり、この間にも植民地や貧困層はさらに困窮の度合いを強められることとなった。
ベントが子機によって情報を得たとき、飢餓人口率は60%と言う信じられない比率であった。ユピタにおける貴族側の人口に対して、貧困層がいかに多いかと言うことを現わす数値である。ちなみに、奴隷層は食料は与えられるために飢餓民とはみなされない。大雑把には、世界が10名で構成されているとすると、貴族層1人に対して、奴隷が3人、それ以外の6人が職を持ちつつ貴族に搾取される植民地住民で、食事も碌に与えられていない、と言う計算になる。
生産層がゼロともなれば、星の経済が立ち行かなくなることも想像に難くないということである。
どこぞの星にいた女王の発言とされる「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」は、どうも捏造されたもののようなのだが、ユピタの貴族連中は本当にそんなことを考えているようである。始末の悪いことに、お菓子を作るにはそれなりに労力を要することを理解しているようで、曰く「パンが無ければ雑草の根っこでも齧っていろ」と言っているのだとか。女王様がお菓子とパンの違いを知らないくらいに世間ずれしていたことを風刺した俗説に比べると随分と直截的な話ではあるが、いずれにしても虐げられている存在がいるという事実に対しての盲目的な無理解と言う点では一致しているのかもしれない。
中央集権の独裁政治である場合、宗教は麻薬として排除された歴史がどこかの星のどこかの国で存在したが、ユピタはその二つがモノの見事に融合した。星間航行を可能にする宇宙船を作ってしまうのに、天動説が採用されている。曰く、ユピタに対して他の星が動いているとみなすことは可能であるのだから、すべての世界はユピタを中心に動いている、のだそうである。ここで、色々な矛盾を指摘することは自分の寿命がそこで尽きることであるということを先人の例によって十分すぎるほどに証明されているのだった。
さて、ベントである。
「テラの大昔の歴史書を読んでいるかのような話だね。星や国への介入はあとが面倒だから極力避けたいところなんだけど、貴族たちがひどすぎるねぇ。」
「はい。ただし、現在の星王を及びその封建体制を軍事力で崩壊させたとしても、次の封建制のトップを名乗る勢力が台頭してくるものと想定されます。星を統治する政治体制に、封建制しか存在していないので民主制政治の概念が無いようです。」
まぁ、星のように大きな領域を一括統治するには中央集権制にした方が効率が良いともいえるから、封建制が悪いと一概には言えないし言うつもりもないのだけど、やっぱり飢餓人口が多すぎるのは何とかしたいよなぁ。」
ベントの頭の中ではユピタの王にとって代わる意図はないものの、大量の飢餓住民がいるにもかかわらず少数の貴族が飽食を謳歌しているという状態は看過できないという考えがまとまりつつあった。
「サーシャ。ノン。大体考えがまとまったから聞いてもらえるかな。」
「うん。聞かせて。」
「承知いたしました。」
「ありがとう。まずは、最貧地区を特定してそこの暮らしぶりを調査したい。貧困層をまとめている人たちが複数いるはずなので、その中で住民の暮らしを気にかけつつまとめ上げようとしている人物をピックアップする。それらの人物達に接触して、貧困地区内でクーデターを起こしたい。貧困地区の人数によるけれども、地区の住民への食糧支援はユーノス政府にお願いしよう。どうせ地区を統括している代官は税の横抜きなど日常茶飯事だから、それがなくなるだけで少しは生活が改善すると思う。本当は住民に教育を施して農地改革や技術革新、識字率向上を推進したいのだけど、多分それをやってると星の支配権を奪うまでに100年はかかってしまうから、統治者は人種が近い種族の中からユーノスから派遣してもらおうと思う。」
「ベント様。U粒子を高密度に圧縮することで抗エントロピー場を作り出し、時間の流れを遅くすることができるようになります。そこで学校教育を施すことで、短時間でそれなりの技術・知識を住民の方々に習得してもらうことが可能です。」
「まじ?それは凄いことだけど、どんだけエネルギー喰うの?」
「宇宙ステーションを子機化して大きなU粒子動力炉に変換して、1か月程度の間U粒子エネルギーを増殖させることで、時間の流れを1万分の1に遅くする抗エントロピー場を1日維持することができます。」
「U粒子。なんでもありだねぇ。私もその中に入れば少しは勉強はかどるかなぁ?」
「サーシャ様でしたらベント様の伴侶ですので特別な教育プランをご提案させて頂けますよ。勉強、運動、各種格闘技、戦闘技術に加え大人な技術のあれこれもアーカイブから諸々引き出してご提供できます。」
「乗った!私も勉強する!!」
「でもさ、抗エントロピー場に入るということは人体の時間の流れも遅くなるのじゃないの?そうしたら、結局勉強の効率も1万分の1に落ちちゃうから、抗エントロピー場の意味はなくなってしまわないの?」
「そこはご都合主義のU粒子なので、抗エントロピー場内において、脳の働きのみ例外に設定します。ですので、肉体を動かす速度は1万分の1にまで低下しますが、脳内処理は通常速度と言うことになります。」
「本当にご都合主義だね。と言うことはバーチャル空間で10000日過ごすということなのね?」
「はい。その通りです。1日飲まず食わずという状態になりますし、脳の働きは仮想的に10000倍となりますので、対象者にはカテーテルによる栄養注入と排泄を促すことになります。そのあたりの施術に関してはベント様の治療のためにαの冷凍睡眠カプセルを改造した経験がありますので問題ありません。」
「なるほどね。宇宙ステーションに冷凍睡眠カプセルもどきの勉強マシンを大量設置するということだね。」
「はい。その通りです。」
ユピタ攻略の始まりである。




