10.ようやくヒロインポジ登場
「ベント君、こんちゃー!私、お父さんの娘のサーシャと言います。昨日からお父さんがそわそわしていたのだけど、チョーいい感じのおニーさんでよかったぁ。よろしくお願いしますね!!」
何とも距離の詰め方が強引なお嬢さんであると思いながらも、まぁマックスの娘なのは話から分かったし、別にぶしつけでも無礼でもなんでもなく、とてもフレンドリーだし、しかもどストライクだし、全く悪い気はしないベントであった。
「サーシャ!安全確認が取れるまでは顔を出すなと言っていただろう!!っと、ベント、すまん。最悪の事態を予想して念には念を入れているだけであって、ベントを疑っているということではないので許してほしい。」
「うん。警戒するのは当然だから全然問題ないのだけど、お嬢さんと言うからにはマックスって晩婚だったの?」
「それはそうだ。バッテラ建設開始後5年ほどしたところで回りが盛りのついた猿のようにどこでも子作りをはじめてしまって、まだパートナーがいなかった私は子育てで減ってしまった労働力の補填で休みなく働いたものだからそれこそ小作りどころではなくなってしまったさ。それでもブラックな環境下でお互いを認め合うパートナーには巡り合えたけれども仕事が忙しすぎて結婚も子作りもできない状態さ。そのころ、同じような時期にいきなり盛りが着いた連中がいたことと、避妊もせずに子供がバンバン生まれたことにちょっと違和感を感じたんだよな。何となく、「子供を産め」とか言って孤児が増えて大変になったとか、「子供は一人だけにしろ」って言って国力が物凄く弱くなったとかの歴史の話を思い出して、どうも外圧のようなものにコントロールされている可能性があるなと思い始めたんだ。で、やっぱりガワハウなんかに代表されるいわゆるお偉いさんの発言が破綻しているように感じ始めたらそこから一気に行動の矛盾が気になりだしてインプラントを強制的に埋め込まれていることに気づくことができてさ。AIにそれをばれないように当時の彼女や仕事仲間を誘ってバッテラから脱出してさ。追ってこられると困るってんでそれこそ必死で逃げて逃げて、今の場所を見つけたのが40年前さ。それから、街づくりをするわけだけど、播種船の材料は一切使えないから本当に掘っ立て小屋からスタートしてさ。幸いにして森があって近くには鉱山があったから建材を確保するには有利で何とか街としての体裁が整ったのがようやく20年前。で、遅ればせながら結婚することができたということで、妻と子供に囲まれて幸せな時間を過ごしているということだ。」
ざっくりしすぎの説明と思いながらも詳細に聞いたらそれこそ数時間に渡るのろけ話を披露されることになると想像したベントはまぁまぁ大体は判ったのでいいやと思うことにしたようである。45歳で結婚かぁ。彼女さんがいたのに大変だったのだろうなぁと想像すると、自分にそこまでの自制心は無いだろうなと、余計なことも思っていたりする。
「うん。まぁサーシャさんがマックスの娘さんだということの経緯は理解したよ。で、なんでサーシャさんがこの会議室に入ってきたのさ?」
「ベント君とお見合いするためだからに決まってるじゃーん!」
いや、ふつう決まってないって。と思うベントだったが、ノンとの情報共有で経緯を理解した。どうもサーシャはと言うかマックスは昨日の時点でベントのことを全く疑っていなかったが、街の代表者として無防備すぎるのはどうかと思ったために、監視期間を設定したらしい。マックスはベントとは仲が良かったので「会いたい」「元気かなぁ」とブツブツ念仏を唱えていたらしく、サーシャはベントのことが気になって仕方がなかったらしい。そこで、サーシャは個人的にドローンを飛ばして、何と西暦と言われていた時代に使われていたモールス信号と言う記号化した通信方式でノンと連絡を取り始めたのだそうだ。なんでもライトの灯火点滅の繰り返しで文章を構築する方法らしい。
ノンとの通信において、マックスの話すベント像とノンのそれ、さらにはたった一日ではあるが本来殲滅戦が最も簡単であったはずの侵略者排除を死人ゼロで達成させたという実績に基づき推測される人間性から、サーシャはこんな優良物件は絶対に手放さない!と、心に決めているようである。
播種船はその目的上、基本的にパートナーを定めて搭乗するのだが、テラフォーミング要員は「使い捨て」要員でもあることからパートナーは定まっていなかった。とは言え、男女同数のテラフォーミング要員を搭乗させるという程度にはテラ政府も気を使っているふりをしていたのだが。ともあれ、ベントにはそもそも決まったパートナーはいないのでこんなにかわいい娘にお見合いとか言われるとデレるだけで、本音を言えば「おねしゃす」一択なのだが今日の面談はアークAI対策と言う結構な重要問題であったりもするのでどこまで気合を抜いていいのか、その匙加減に迷うベントなのであった。
「別にアーク対策をないがしろにしましょ、って言っているわけではないからさぁ、私も同席させてもらいながら今後の方針を検討すればいいでしょ。」
と、まったく憂うことなく宣言されてしまったベントとマックスは、はいと頷く以外の選択肢を持てなかった。何せ、サーシャはノンを完全に味方につけてしまっているので、論理的反論の全ては合理的に否定されてしまったのだから。その攻防は、徹底的に冷静かつ沈着な口調で意見の全てを論破されてしまったディベートと言えば想像できるであろうか。「いや」とか「でも」とか、いわゆる反論するための接頭語を言う気力を徹底的に削がれてしまった敗北感は、今後この双璧に対して議論を吹っ掛ける気力を根底から引っこ抜くに十分なトラウマをベントとマックスに与えたに等しいと言えるほどである。
ということで、完全に論破されたことにより、二者会談のはずが三者会談となり、今後の方針が議論されていくこととなった。ベントとしては年寄りのマックスと二人きりよりも自分に好意を抱いてくれているらしい、しかもかわいいサーシャがいてくれたことによってミーティングに臨むモチベが若干上がったのは間違いがないようだ。
ちなみに、ノンとサーシャが結託と言うか仲が良くなった理由は、アークAIのベントンへの対応にサーシャが本心から憤り、その憤りに対してノンが深く同調できたことによるようである。




