タコとイカの売上勝負
ある町にタコとイカが住んでいた。
二匹はそれぞれ「タコ焼き屋」「イカ焼き屋」の屋台を出しており、人間相手に商売をするライバル同士であった。タコがタコを、イカがイカを売るのはどうなんだと思われるかもしれないが、タコもイカも共食いをする生物でもあるので、そのあたりにさほど抵抗はないらしい。
さて、二匹はいわゆる競い合う・高め合うライバル同士かというと、決してそんなことはなく――
「ケッ、イカ焼きなんて、ただイカ焼いてるだけでなんの工夫もねえじゃねえか!」
「タコ焼きこそ、肝心のタコはほんの少ししか入っていない、生地でごまかしている詐欺料理だ!」
「今日の売り上げはこれだけあったぜ! やっぱり時代はタコだよな~!」
「ふん、ただのマグレだ。明日はオレが勝つ」
「いつか絶対お前を屈服させてやるから覚悟しろよ!」
「それはこちらの台詞だ!」
常にいがみ合い、罵り合う。今風にいえば“マウントを取り合う”仲であった。
季節は冬。二月に入り一週間が経った頃。
寒い日が続き、タコのタコ焼きもイカのイカ焼きも順調に売り上げを伸ばしていた。
そんな時、イカがタコの店にやってきて突然こんな提案をした。
「なぁ、タコよ」
「なんだ?」
「オレたち、そろそろ決着をつけないか?」
「決着?」
「どっちが上か、いい加減はっきりさせようってんだよ」
挑発するように触手をうねらせるイカに、タコもニヤリと応じる。
「おもしれえ……!」
二匹とも、毎日のマウント合戦にいい加減うんざりしていたところはあった。
そろそろ白黒をはっきりつけたいと思っていたので、タコもこの提案に乗り気になる。
「勝負方法は?」タコが尋ねる。
「売上勝負ってのはどうだ?」
イカが触手でジェスチャーを交えながら説明する。
「今から一週間後の一日で店の売上勝負をする。その売上が多かった方が勝ち。負けた方は以後、勝った方に従う。分かりやすいだろ?」
タコは少し考えてからうなずく。
「いいぜ、受けて立ってやる」
「勝負の結果を反故にしないよう、誓約書も書いてもらうぞ」
「上等!」
誓約書にはイカが説明した通りのことが書かれており、タコとイカはその書面にサインをした。これにサインした以上、勝負の後に結果についてごねるのはご法度となる。
「俺とお前、どっちが勝っても恨みっこ無しだぜ!」とタコ。
「ふん、いいだろう」とイカ。
一週間後の決戦に向けて、両者の準備が幕を開けた。
***
タコはほくそ笑んだ。
(俺から提案しようと思っていたことを、向こうからやってくれるとはな……)
タコには自信があった。
彼は今、生地の焼き方を徹底的に研究し直しており、彼が理想とする「外はカリカリ、中はトロリ」のタコ焼きに近づきつつあったのだ。
一週間後までには間違いなく完成できる。
さらには仕入れるタコも吟味。馴染みの漁師に、「一週間後には特にいいタコを回してくれ」と根回しをしておく。
8本の脚でのタコ焼き捌きも訓練を積み、ぐんと速くなった。
決戦に向けて、準備に準備を重ねていく。
しかし、イカも負けてはいない。タコはイカに会うたび探りを入れるが、
「最高のイカが手に入った」
「十本脚でたくさんイカを焼けるようにした」
「究極のイカの焼き具合をマスターした」
イカも自身のイカ焼きを高めているとアピールしてくる。
(さすがに一筋縄じゃいかねえか……だが、勝つのはこの俺だ!)
タコとイカの雌雄を決する運命の日が訪れた。
***
当日は天気こそ晴れだが気温は低く、絶好のタコ焼き・イカ焼き日和といえた。
「イカとケリをつけるにゃちょうどいい」
タコはニヤリと笑うと、屋台を開く。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! こんな寒い日はタコ焼きが一番! 美味しいよ!」
プレートでタコ焼きを作りながら、必死に客を呼び込む。
なにしろ今日で自分とイカ、どっちが上か序列が決まるのだ。売上勝負なので引き分けになる可能性もあるが、まずそんなことにはならないだろう。
ならば、全力を出すのみ。
イカの様子を偵察する余裕などない。タコは客への呼び込みと、タコ焼き作りに全神経を注いだ。
その甲斐もあってか、客足は上々だ。
「1パックください」
「美味しそ~、一つちょうだい!」
「タコ焼きくださーい!」
タコは手応えを感じていた。
この調子でいけばいつもの二倍ぐらいの売上になる。
そして、勝利の美酒を味わえることを徐々に確信していく。
(ついに来るんだ。俺がイカを屈服させる日が……!)
表情も自然と緩む。
(俺が勝ったら、まず俺を“様”で呼ばせてやろう。その後、自分の負けを宣言させてやろう。頭をペシペシ叩いてやろう。“タイ焼き買ってこいや”と命令してやろう)
つい勝った後の皮算用までしてしまう。
しかし、タコ焼きの売れ行きは順調で、決して過信というわけではない。
タコのタコ焼き屋はいつも以上の盛況を保ったまま、一日を終えた。
***
夜になり、タコとイカは顔を突き合わせた。
「さあ、お楽しみの売上発表タイムだ!」自信満々のタコ。
「ああ」イカも落ち着いた様子で応じる。
そして、勿体ぶることもなく売上額を発表し合う。
結果は――イカがタコに大差をつけて、圧勝だった。
「オレの勝ちだな」
予期せぬ結果に、タコは愕然とする。
「は……? な、なんで……?」
「さてと、約束は約束だ。今からお前はオレに従ってもらう」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!!」
タコは絶叫する。
「なんでだ!? なんで俺が負ける!? いや、負けるのはあり得るとしても、こんな大差で……!」
「そこは商品の差だろう」
「んなわけあるかぁ! 俺は今日のためにタコ焼きを徹底的に研究して……!」
「だったら実際に見てみるといい」
イカに促され、タコはイカの屋台を見に行く。
(こいつ……いったいどんなイカ焼きを!?)
だが、タコが目の当たりにしたのは――
「え……チョコ……?」
イカは屋台でイカ焼きではなく、チョコレートを販売していた。
イカの形をしたものや、魚の形をしたもの、貝殻のような形をしたものもある。
ほぼ売り切れといっていい状態だった。
「市販のチョコを溶かして、自分で作った型に入れて固めたんだ」
「なんでチョコなんかが売れるんだ……?」
「忘れたのか? 今日人間たちはバレンタインデーだ」
「あ……!」
今日は二月が始まってから二週間が経った14日目、すなわちバレンタインデー。
年に一度、チョコレートが大いに売れる日であった。
「海産物タイプのチョコなんてなかなかないからな。物珍しさで飛ぶように売れたよ。バレンタインデーにチョコを渡すのは女だが、男の客も結構多かった」
得意げに話すイカに、タコは食ってかかる。
「ちょっと待て! こんなのアリかよ! お前はイカ焼き屋なのに、イカ焼きじゃなくチョコを売るなんて! こんなのズルだ! インチキだ!」
だが、イカは至って冷静に返す。
「今日の勝負はあくまで売上勝負。何を売るかは自由だったはずだが?」
「あぐ……!」
タコは勝負の内容を思い出す。
勝敗はあくまで店の売上高で決まる。タコ焼きやイカ焼きにこだわる必要はなかった。
イカがこんな勝負を持ちかけたのは、彼は2月14日を見据えており「この日にチョコを販売すれば勝てる」と踏んだからであった。
事前にイカが「最高のイカが手に入った」「究極の焼き具合をマスターした」などとアピールしていたのはそれを悟られないためのブラフであった。
タコはその思惑に気づくことなく、タコ焼きで勝負をし、敗れ去った。
「うぐ……ぐ……」
うなだれるタコに、イカは近づく。
「さてと、まずは何をやらせようか……。そうだな、今日からはオレを“様”をつけて呼んでもらおうか。ついでに、敗北宣言もしてもらう」
タコは自分が勝ったらイカにやらせようとしていたことを、そのまま自分でやらされるはめになってしまった。
やがてタコは覚悟を決め、悔しさが存分ににじみ出た表情で、こう告げた。
「俺……いえ、私は……“イカ様”に負けました……!」
完
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