新入部員6
井下田先生は、祢子をすり抜けるようにして、大股に通り過ぎた。
祢子が木造校舎に戻ると、校舎の入り口近くで、女の先輩たちが、ひそひそ話している。
スティックを持っているところを見ると、パーカッションパートらしい。
「あれ、英語の井下田じゃない? なんでこっちに来てるんかな? ここ、音楽室しかないのに」
先輩たちの視線の先を辿ると、木造校舎の裏側に回って行く井下田先生の後ろ姿が見えた。
上履きのままで、砂利の上を歩いている。
あっちになにかあるのだろうか?
パーカッションの先輩の一人が祢子に手招きした。
祢子が急いでそっちに行くと、
「ねえ、ほら、一年生の社会の先生。新しく来た、男の先生」
はち切れそうな胸の赤い名札に、「鮎谷」とある。
赤は、三年生だ。
隣にいるのは、青い名札の二年生の女の先輩。「長瀬」とある。
鮎谷先輩の後ろで、一年生の白い名札をつけた女子が、もじもじしている。「早瀬」と読める。
小学校は一緒ではなかったから、分校の子だろうか?
「はい」
あの先生のことだ。
どきりとしながら、返事する。
「衛藤先生? だっけ? 一年はいいなあ。
かっこいいよね~。背が高くて、足が長くて、日に焼けてて、ハンサムで。
ねえねえ、俳優のM・Yに似てない? 声もすてきだよね。
あ~あ、一年にもどりた~い。
そうだ、早瀬と入れ替わろうか?」
鮎谷先輩は、キャーとか言いながら、スティックで木造校舎の壁をロールし始めた。
二年生の長瀬先輩も、おもしろがって一緒にし始めた。
早瀬さんも、なんとなく同じことをしている。
衛藤先生。
入学式の時に、新入生の前で紹介された時は、驚いて、鳥肌が立った。
本屋で親切にしてもらった人だ。
名前も、確かえとうと言っていたから、間違いない。
しかし、祢子の中ではもちろんそれだけでは済まない。
たぶん、すごい偶然が重なっただけだ。
祢子の中学校に、トドさんとよく似た先生が赴任してくるなんて。
この人は、トドさんじゃない。
そう、自分に言い聞かせてみるものの、胸のざらつきは全く収まらない。
忘れようとがんばっているのに、社会の授業のたびに、いやでも目の前にいる。
よく似た声が耳を撫でる度に、胸がうずく。
衛藤先生がみんなのノートをのぞきながら、祢子の横を通ったりすると、肌がピリピリする。
同じ背格好、同じ声。
いやでも、去年の夏のことを思い出してしまう。