エピローグ
坊ちゃん。
タエは、幸せです。
坊ちゃんが、あんなに不安そうな心配そうな顔をして、毎日のように見舞いに来てくれるなんて。
わたしなど、孤独に放っておかれても、自業自得ですのに。
坊ちゃんのきれいな涙が、わたしなどのために流されるなんて。
坊ちゃんの大きな手が、わたしを優しく撫でてくださるなんて。
こんなに幸せでいいのかと、不安になるくらいです。
最後だからと、神さまがあわれんでくださったのでしょうか。
ああ、癌になってよかった。
余命わずかで、ほんとうによかった。
もう、坊ちゃんと離れ離れになるかもと怯えることもない。
それに、坊ちゃんの同情心に、わたしのことを刻印することができるのですから。
いとしい坊ちゃん。
わたしの、息子であり、恋人である、かけがえのない男。
タエは、全身全霊で愛しましたよ。
後悔は、これっぽっちもありません。
うるさがられていたのは知っていますが、坊ちゃんには、わたしの愛が必要だったのですよ。
うっとうしいほどの、愛情が。
肉親の愛に恵まれない、かわいそうな坊ちゃんには。
わたしは、あの子になりたかった。
坊ちゃんと、あんな風に出会って、坊ちゃんの心を捕えてみたかった。
わたしのことを思って、夢見るような顔をさせてみたかった。
所詮かなわぬ夢ですが。
わたしは、坊ちゃんの初めての女。
忘れたくても忘れられない女。
それで良しとしましょう。
わたしは、地獄に行くでしょう。
でもあの時、地獄に行くと脅されても、わたしは同じことをしたでしょう。
坊ちゃん。
あの世で、待っていますよ。
坊ちゃんも、是非地獄にいらっしゃいまし。
坊ちゃんがいらっしゃる頃には、タエとちょうどつり合いの取れる年になっているでしょう。
血の池で、鬼たちに串刺しにされながら、睦み合いましょう。
針の山では、手に手をとりあって、痛みを分け合いましょう。
地獄の業火にあぶられたら、ひとつに溶けましょう。
目も鼻も口も耳も、全てを奪われても、タエには坊ちゃんがわかります。
坊ちゃんから、愛の言葉が聞きたかった。
そこまで望むのは、さすがに身の程知らずですから、この妄念はあの世まで隠しもっていきます。
でも坊ちゃん。
愛は、一通りではないのですよ。
強いられた関係でも、そこにほの暗い執着が芽生えることがあるのですよ。
それもまた、愛ではないかと、タエは思います。
坊ちゃん。
かわいかった坊ちゃん。
かわいそうな坊ちゃん。
いとしい坊ちゃん。
もう、自由にしてさしあげます。
好きになさいまし。
尻軽女と一緒になろうが、フーテンになろうが、ヤクザになろうが、以後はタエの知った事ではありませんから。
でもきっと、地獄で、また。




