表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/67

岡田への手紙5-2

 魔女は入院しているから、おれが帰るころには、家にはだれもいない。

 通いの女中が、電灯をつけたままにしているから、家の中は明るいが、静かだ。


 おれは、テレビをつける。

 馬鹿げた笑い声を聞きながら、作って置いてある夕食を、電子レンジで温める。

 それを口に運びながら、学校から持ち帰った仕事をする。


 仕事があるのはいいことだ。

 何を食べているのかよくわからないが、いつの間にか食べ終わっているので、栄養は摂れる。

 一人暮らしも案外と気楽なのかもしれない。




 おれが一人暮らしをしたのは、大学生活の四年間だけだ。

 魔女の手を離れて。


 さみしくもあったが、自由で、楽しかった。

 何もかもを自分で決めるということが、新鮮で嬉しかった。



 あの頃、自分は自分のものだという実感を、確かにこの手につかんでいた。

 等身大の自分の体をいっぱいいっぱいに、存分に使って。

 嵐の海のような激情と、すぐにさざ波の立つ臆病な感覚に、身を委ねていた。



 おまえや他の愉快なやつらとも、いろんなことを一緒にしたよなあ。

 馬鹿げたことや、恥ずかしいこと、大胆なこと。良いこともちょっとばかり。


 あの頃が、おれの黄金期だ。

 あの頃があったから、おれはまだ生きていられるのだろう。




 おれはなぜこの家に戻ったのだろう。

 あのまま、若さに任せてどこかに出奔してもよかったのになあ。

 お前のように。




 この家には、魔女の怨念がしみついている。

 ここにいると、おれが考えていることが果たして本当に自分の考えなのか、それとも魔女の考えなのかわからなくなってしまう。


 たぶん、あんまり長く一緒に生活していたから、魔女はおれの一部になってしまったのかもしれない。

 いや、一部だろうか。



 恐ろしい女だ。

 おれに仕えているふりをしておれを支配し、搾取した。


 そして、その圧倒的な存在感で、生きていても、死にゆく今も、おれを苦しめる。




 おれには、いまだにわからない。

 闇の中ではおれを好き勝手にもてあそび、朝になるとエプロンをかけて慈母の顔をしている。


 どちらが本当なのだろう。

 なぜどちらともが、破綻なく共存できるのだろう。





 そこら中にいる、何の変哲もない男も女も、年寄りも若者も、裏の顔を隠している。


 そう思えば、おれは気がおかしくなりそうだった。

 ちょっと前までは。


 今は、理解しているよ。

 そっちの方が、普通なのだと。

 むしろ、裏と表を使い分けられなければ、世間に溶け込めないのだと。


 思っていることを全て(さら)したら、変人や犯罪者や精神病者ばかりなんじゃないか?



 なあ。

 「世間」って、なんだろう。


 日の当たる、美しい風景。

 耳ざわりの良い、道徳的な言葉。

 正義が行われる、安心できる社会。


 石の裏に蠢く、醜い虫などいない。

 見なければいいんだ。

 くさい物にはフタをして、嗅がなければいい。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ