迷闇9
その手を下にすべらせ、頬を撫でてみる。
坊ちゃんは、じっとしている。
タエの指は、張りのあるしっとりとした肌の間に、短く固い、まばらなひげを探り当てた。
タエは息を呑んだ。
指先をあごに移す。
自然と坊ちゃんの顔が上向いた。
しかし、目線を合わせるのに、タエが見上げてもなお、坊ちゃんが見下ろしている。
タエはどきりとした。
こんなに背が高かっただろうか。いつの間に伸びたのだろう。
急に、見知らぬ若者に見えてくる。
わたしは、彼の、母親じゃない。
それは、母親にはできないことができる、ということ。
肉親よりも強い縁を結ぶことが。
みずみずしい、きれいな若者。
均整のとれたしなやかな体。
熱く汗ばんだ肌。
涙がこぼれそうな、あどけない目。
長いまつ毛に縁どられた、吸い込まれそうに美しい黒目。
タエの指は、あごの固いひげを撫でている。
坊ちゃん。
かわいらしい男の子だった坊ちゃん。
もう、大人なのですね。
坊ちゃんが時々、こっそり下着を洗っているのを、タエは知っているのですよ。
「坊ちゃん」
「はい」
顔を撫でながら、タエは話しかける。
ぼんやりと見上げる坊ちゃんの目には、タエがにじんで映っている。
「坊ちゃんはここのご主人なのですから、タエがお教えしておかなければならないことがあります」
「……もうすぐ、タエさんがいなくなってしまうから?」
タエはその質問には答えず、手を下ろして一歩下がった。
「いつかはお教えしなければと思っていたことです。この家の、秘密ですよ」
「さあ、こちらに。足元に気をつけて」
タエは先に立つ。
勝手口を開けて、物置を奥に進む。
「なにがあるの?」
坊ちゃんは、いろいろと気疲れしたのだろう。
無防備に、何も考えずについてくる。
「秘密基地ですよ」
「秘密基地?」
「……そこに着いたら、だんな様からタエが教わったことを、今度はタエが坊ちゃんに教えてさしあげましょうね」
「うん」
坊ちゃんは、無邪気にうなずいた。




